「室井慎次」文机の上にある「全集 黒澤明」と「踊る大捜査線」のルーツ
「天国と地獄だ……」。捜査に行き詰まってブラインド越しに窓の外を眺めていた青島は、そこに何かを見とめてハッとした表情を浮かべる(切り返しは周到に避けられており、この時点で彼が何を見たのかは明かされない)。メインテーマ曲「Rhythm And Police」(松本晃彦作曲)が高らかに鳴り響くなか、青島は湾岸署の屋上へと階段を駆け上がる。屋上からあたりを見回すと、煙突から上がっている奇妙な色の煙が視界に飛び込んでくる。風景は突如としてカラーからモノクロへと切り替わり、煙突の煙にだけ色が残る【図3】。これ自体は「パートカラー」という映画においてしばしば用いられることのある技法だが、直後に青島が「天国と地獄だ」とつぶやいて親切に元ネタを明かしてくれる【図4】。 「天国と地獄」の煙の正体は、身代金受け渡し用のカバンに仕込まれた「燃やすと異様なボタン色の煙が出る粉末」である。この細工によって、犯人がカバンを焼却処分した際にその場所がわかるようになっていた。「踊る大捜査線」では、映画の序盤でスモークボール(ゴルフコンペのブービー賞の景品)が和久平八郎(いかりや長介)の手に渡っている。犯人グループに拉致された彼が機転を利かせてそれを燃やしたために、青島による発見につながったのである。和久が捕らわれていた焼却炉にはご丁寧にも「黒澤塗料」と書かれた一斗缶が放置されており、黒澤映画へのオマージュであることを念入りに示している。
恩田すみれの決断に「悔いなし」
「天国と地獄」は劇場版第2作「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」(本広克行監督、03年)にも顔をのぞかせている。押収品のなかに「天国と地獄」や「砂の器」(野村芳太郎監督、74年)の(時代を感じさせる)VHSが含まれているのである(この作品では「砂の器」から重要なモチーフを取り入れている)。 さらに、黒澤映画への目配せは劇場版第4作「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」(本広克行監督、12年)にも引き継がれている。劇中には、恩田すみれ(深津絵里)が同僚の篠原夏美(内田有紀)に黒澤明の戦後第1作「わが青春に悔なし」(46年)と「ダーティハリー2」(テッド・ポスト監督、73年)のBlu-rayを返すシーンがある。 すみれは警察を辞めるかどうか悩んでおり、最終的に彼女が下した「悔いのない決断」がストーリー上、大きな鍵を握ることになる。ちなみに、「ダーティハリー2」からは「法で裁くことができない犯罪者への警察官による制裁」のテーマを拝借している。