”東大以上”の「海軍兵学校」で教える”究極のリーダーシップ本”、その「ヤバすぎる中身」を明かす…!
東大を上回る「海軍兵学校」の伝統を引き継ぐ広島・江田島の海上自衛隊幹部候補生学校でかつて課題図書に指定された“究極のリーダーシップ本”をご存じだろうか。「(新装解説版)先任将校」(松永市郎著、光人社NF文庫)である。 【写真】軍事誌発「伝説の航空機本」、そのすごい中身を公開する…! 太平洋戦争終盤の1944年8月、フィリピン沖300マイルの太平洋上で、敵潜水艦の魚雷攻撃を受けて乗艦沈没の憂き目にあった軍艦「名取」短艇隊195人による奇跡の「生還の記録」だ。27歳の先任将校の決断のもと、十分な食料も水も航海要具もなく、いかに隊員たちは団結して死の運命を切り拓いたのか。企業研修のテキストに採用されたほか、リーダーシップを学びたいエリートビジネスマンにも好評という。数あるリーダーシップ論の中でも実践に基づく傑作といわれる同書から一部抜粋・再構成してお届けする。
「行方不明では死んでも死にきれない」
1944年8月20日午後4時、先任将校はカッター3隻を集めて命令した。 「命令。軍艦『名取』短艇隊は、本タ19時この地を出発し、フィリピン群島東方海岸に向かう。所要日数15日間、食糧は30日間に食い延ばせ。誓って成功を期す」 そんなことはできません。それは無茶です、との声があちこちで起こった。 一同を代表して兵曹が意見を述べた。 「私は日本海の漁師の息子です。漁師仲問では、海で遭難した場合、みだりに動かず、その場所に留まれ、との言い伝えがあります。漁師の知恵にしたがって、ここに留まって救助艦を待つのがよろしいかと思います」 それに対して先任将校は力強く説得していった。 「この言葉は、平和時代に作られた言葉である。現在は戦時中で、状況がまったく違う」 「また、マリアナ諸島のサイパン島もテニアン島も、すでにアメリカが占領している。敵は間もなくフィリピンかパラオに上陸するだろう。ここに留まっていても、救助艦に発見される見込みはまずあるまい。たとえ救助艦がやってきても、洋上でカッターを捜すことは学校の校庭でなくしたけし粒を捜すようなものである。発煙筒などの要具を持たない当隊が、救助艦に発見される可能性はまずない」 「カッターは絶対に沈まないと言うことは、海軍の常識である。もし俺たちが陸岸に辿り着かなければ、『名取』乗員600名総員は戦死ということにならずに、行方不明と認定される。俺たちがだらしないために、戦死者まで巻きこんで行方不明にしては『名取』と運命をともにした、久保田艦長以下300名の戦友に申しわけないじゃないか」 兵曹が、ふたたび立ち上がって言った。 「行方不明では死んでも死にきれません。死んだつもりで頑張ります。フィリピンまで、連れて行って下さい」 命令に嫌々ながら従うのではなく、自発的に喜んで漕ぐという雰囲気になってきた。このようにして、フィリピンに向かうことが集団決議によって決定した。