『銭湯図解』の塩谷歩波が語る「こわい」との適切な距離感。公開インタビューをレポート
「こわい」との適切な付き合いかた
─ビッグデ絵タプロジェクトで「こわい」に向き合ったことで、新しい発見はありましたか? 塩谷:今回書いた「映画館がこわい」は自分の「こわい」を解消するためではなく、映画館がこわいって思ってる人の視野を変えたいという気持ちで描きました。ただ、自分のなかのこわさとの付き合い方は、より一層理解が深まったと思います。 塩谷:こわさは俯瞰的に見るっていうのも大事ですが、そもそもこわいものと向き合わなくてもいいと思います。こわいものに対して狭くなった視野を一旦取り外して、意外と小さいんだと感じたあとに、距離を取るのが大事なんです。 こわいものを見るのではなく、「はいはいこわい」って思うくらいが適切な距離感なんです。今回の絵でも私はこわいものの大きさを変えるお手伝いをしただけで、その後は、向き合わなくていいと思うんですね。 ─今は社会では、こわいものとも向き合えという風潮も強く感じます。 塩谷:弱さに向き合う準備がある人は向き合えばいいと思いますが、8割がたの人はその準備がないと思うんです。みんな忙しかったり孤独だったり、そんな場合じゃない環境の人もいると思うんですよ。 みんながみんなそれをやる必要はなくて、逃げたって全然いいと思う。とりあえずその環境から脱して、その視野が広まって、大丈夫かなって思えるようになってからやればいい話だと思います。もちろんやらなくてもいいし。
『銭湯図解』を描いたことで得たもの
─エッセイ本『湯あがりみたいに、ホッとして』では塩谷さんの休職時のエピソードなども赤裸々に書かれていました。自分の感情を絵ではなくテキストで表現することは、塩谷さんにとってはどういった意味がありましたか? 塩谷:休職にまつわる自分の感情をどうにかしたいというより、休職している人や休職した人、自分の職歴に自信が持てず、この先どうしたらいいかわからない人が安心してくれたらいいなと思って書きました。 私が休職しているときには、休職したあとのキャリアを積み上げていく人がいなかったんです。休職したらその後は全部駄目になってしまうと思っていたので、当時の自分に対してのメッセージとして、この本があると思っています。 ─サウナコラムでは多くの方が「ととのい」など感覚的なことについて書かれる印象ですが、塩谷さんの『銭湯図解』はアイソメトリックという俯瞰的な建築図法が使われています。銭湯のどのような良さを伝えるために、この図法を使ったのでしょうか? 塩谷:そもそも銭湯の絵を描こうと思ったきっかけは、同じ建築学科で休職していた友達に、銭湯という場所について伝えるためでした。なので、最初に建築ありきだったんです。 アイソメトリックという描き方は図法に則って機械的に書くので描き方としてはシンプルなんです。建物をリアルに俯瞰的に見えるようになったのは最近ですね。 ─銭湯の絵を書いていったことで、新しいものの見方が増えたのでしょうか? 塩谷:絵によって視点が変わったことよりも、メディアに出るようになったことや絵の仕事に就いたことの方が自分への影響は大きかったです。 自分はクリエイターになれるとは思ってなくて、もっとつまらない人生だと思ってたんです。今回のプロジェクトにもつながるのですが、ものすごくこわがりなんです。周りに絵が上手い人がいるなら自分も頑張ればいいのに、頑張る勇気がない。 努力しても報われないんじゃないかって気づいたらめちゃくちゃ嫌じゃないですか。才能がないってことわかってしまうんで。それすらもこわくて、努力の仕方がわからないっていう時期が結構長かったんです。