松下幸之助を尊敬した稲盛和夫が、ホテルにカンヅメになって初めて練り上げた「経営方針」の中身とは?
■ 中堅企業への道 創業の精神復活の次に稲盛がうたったのが、幹部の意識変革であった。 中小企業から中堅企業にステージを上げていけば、組織はさらに拡大する。トップに立つ稲盛の手が届く範囲も限られてくる。その時に大切になるのが、肥大化する組織を束ねていくリーダー・幹部の存在である。自分が八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍で回していた、従来の組織のままでは限界が予想され、幹部に発奮を促したのである。 稲盛が求めた幹部の意識変革とはどのようなものであったか。稲盛は、「中堅企業の幹部はどうあるべきか」という観点から、次のような要件を経営方針で順に述べている。 組織に考え方を浸透させる 幹部としての責任の持ち方 計画的に企画を進め、正しく管理を行う 組織の中身を熟知する 自由度を持って仕事を進める 逆説的に言えば、これらは、当時中小企業であった京セラ幹部ができていない課題でもあったのだろう。稲盛は、中堅企業の幹部に求められる要件を列挙するとともに、そのような幹部の人間的成長に向けて、精神的基盤となる京セラ精神の復活を促したのである。 記念すべき第1回の経営方針発表の冒頭を、創業精神の復活と幹部の意識変革に割くところに、稲盛経営の真髄をうかがい知ることができる。稲盛は、企業の精神基盤を強固にすることを唱えた上で、中堅企業に求められる体制をつくるための具体的な施策について、経営方針後半で述べている。 当時京セラの最大課題であった品質管理やコスト管理の見直しに始まり、後に「アメーバ経営」と呼ばれる部門別独立採算制の確立、さらには著書『稲盛和夫の実学』(日本経済新聞出版)で著した「京セラ会計原則」に連なる帳票管理の徹底など、中堅企業にふさわしい経営管理体制の確立に取り組んでいく。 また、経営目標として、月産2億円、時間当り1500円という具体的な数字を掲げ、売上倍増、収益性のなお一層の向上をうたっている。さらには、その結果としての社員への利益配分制度の検討にも言及している。会社発展を目指す動機が、経営理念でうたった「全従業員の物心両面の幸福」の追求にあるからである。 中堅企業としての体制確立のために、この経営方針発表後も、稲盛はさまざまな改革に取り組んでいった。経営理念の正式制定、社内報の発刊、京セラ精神を記した社員手帳の配布などを通じて、企業全体のさらなる精神性の向上を図っている。 そして、中堅企業にふさわしい人格ならぬ社格を向上させた上で、稲盛は一気呵成(かせい)の集中投資を半導体部品分野に行っている。 稲盛の経営史上類を見ない大規模な設備投資であったが、そのような大胆な決断を稲盛にさせたのは、半導体分野の成長が期待できるという市場予測もあったが、巨額の設備投資が有効に機能するだけ、社員の精神基盤と社内の管理体制が強固になっているという自負があったからに違いない。 現在、創業から60年以上が経過し、売上2兆円を誇るまでに成長した京セラだが、その精神から事業まで、企業としての基本構造は、この頃に稲盛がつくった「かたち」のままに存在している。稲盛が、第1回経営方針発表で指し示した、さまざまな変革の集積の上に京セラは大飛躍を遂げ続けているのである。
粕谷 昌志