マスク、ワクチン、半導体…コロナ禍と米中対立は、いかに新たな外交的駆け引きの「道具」を生み出したか?
かつて、一国の経済活動を左右する「戦略物資」と言えば、原油などに代表されるエネルギー資源が主であった。ところが、2000年代以降はそうした資源に加えて、“21世紀の石油”とも例えられる「データ」が国家の安全保障に影響をおよぼすようになり、「半導体」が戦略物資として見なされる時代へと突入した。本連載では『資源と経済の世界地図』(鈴木一人著/PHP研究所)から、内容の一部を抜粋・再編集。「地経学」の視点から、資源や半導体などの戦略物資を巡って複雑化し、大きく揺れ動く国際経済の今を考える。 中国から各国への寄付の例 第1回では、マスクやワクチンが外交的駆け引きの道具となったコロナ禍の出来事が意味する国際社会の変化や、資源に匹敵する戦略物資として半導体が台頭してきた背景について探る。 ■ 資源に匹敵する「戦略物資」と化したマスク、ワクチン、半導体 国際政治と貿易、物資、資源の流れを考える際、近年、使われるようになってきた言葉に「戦略物資」がある。戦略物資とは、元は「戦時経済や一国の安全保障の行方を左右する、武器製造や国民生活に必要不可欠な物質」を指す言葉だった。具体的には原油や石炭などのエネルギー資源はもちろん、鉄やゴム、綿花なども含まれる。 ところが、近年の「戦略物資」はより広い範囲での安全保障にかかわる物資を含むようになった。例えば2020年に発生した新型コロナウイルスの世界的流行においては、マスクが戦略物資と見なされていた。国内で流通する不織布マスクを海外、主に中国からの輸入に頼っていたことで、世界的な需要増に生産が追い付かなくなると同時に、物流の停滞によりマスクが入ってこなくなった。それにより、マスク着用が義務化されながら国内では品薄になり、買い占めや転売も相まって価格が高騰するなど市場が混乱したのである。 さらには「マスク外交」という言葉まで誕生した。中国が戦略物資と化したマスクを友好国に輸出することで関係強化を図ると同時に、台湾との関係を再考するよう相手国に迫るなど、マスクが外交的駆け引きの道具としても使われたのである。ワクチンについても同様であった。 これはある意味では石油ショック以来、世界的有事において国家があからさまに行なった「国際政治経済学」的出来事でもあった。石油ショックでは、中東戦争の際に湾岸諸国が原油輸出を止めることで輸入国のスタンスを変えさせようとしたが、中国は自国で多く生産していたマスクやワクチンを使って、相手国に恩を売っただけでなく、相手国の台湾に対するスタンスや、コロナ対応における中国非難の姿勢を変えさせようとしたのだ。 これは大きな変化である。それまでの政治的な経済介入のあり方は、主に「政治が経済に介入するのはあくまでも自国の産業を守るためである」というように、自由貿易に対する保護主義の観点からなされることが多かった。ところが中国は「相手国へ政治的・外交的圧力をかけ、行動変容を迫るために経済を武器に使う」姿勢をあからさまにしたのである。 これはコロナ禍に始まったことではなく、第1章でも述べた2010年のレアアース禁輸でもみられた。「国際社会が一致して対処すべき世界的感染症の流行」という状況があっても、中国はこうした手段を躊躇なく使ったことになる。