エスカレーターの片側空けはマナー?なぜ「2列になって立ち止まる」がいつまでたっても定着しないのか
なぜか空気を読んじゃう
駅や百貨店などのエスカレーターで、2人並んで乗れるステップの片側だけに列が出来ている――。大都市では見慣れた光景で、急いでいる人が歩けるスペースを空けておくための“マナー”だと捉えている人も多いでしょう。こうした暗黙のルールに「モヤモヤしている」と訴える投稿が、読売新聞の掲示板サイト「発言小町」に寄せられました。 「エスカレーターで思う事」のタイトルで投稿したのは、トピ主「まなまな」さん。エスカレーターの片側に長い列が出来ているのを見ると、「急いでいる人がいないときは、片側を空けず2人並んでもいいのでは?」と疑問を呈し、「日本人の生真面目さなのでしょうが、場所や状況に応じてもう少し臨機応変になるべき」だと提案します。 「関東では右側を空け、関西では左側を空ける」というように、地域によって空け方の違いまであるエスカレーター「片側空け」問題。ユーザーからは、トピ主の提案に対し賛否両論の声が上がりました。 「臨機応変に対応しようとしたから『片側空け』が定着したのでは」と反論するのは「アキ」さん。 「電車を1本逃しただけで数十分のロスになることもある。駅で早く移動したい人はたくさんいるし、自分だっていつ急ぐ立場になるかわからない」と、片側空けの合理性を認めます。 一方で、トピ主に賛同するのは「はむ」さんです。「片側を空けるためにエスカレーターに乗る行列ができている時」など、違和感を抱くそう。ただ、だからといって率先して2列になることはありません。「一度、子供と手をつなぐために2列になっていたら、後ろから歩いてきた人に突き飛ばされたから……」 「サフラン」さんも、「歩いてきた人に邪魔もの扱いされたくないので空けてます」。「匿名」さんも、「空けてあるレーンに立っていると、後ろから急いでいる人が来たら自分も歩かないといけなくなる。だったら、立ち止まっていられるレーンに乗った方がいい」。レスからは、片側空けについて疑問を持ちつつも、「仕方なく暗黙のルールに従っている」実態が浮かび上がります。 「横浜のみなとみらいに行った時、めちゃくちゃ長いエスカレーターを1列で使っているせいで、ものすごい長蛇の列になっていて、『えぇ~』と思った」と振り返るのは「ジェム」さん。「空気読んで私も並びましたが(笑)、なぜか空気読んじゃうんですよね」 鉄道各社は、事故防止の観点から、エスカレーターは「歩かず立ち止まって」乗るよう呼びかけています。駅の構内で、エスカレーター上を「歩かない」、「手すりにつかまる」などと注意喚起するポスターをよく見かけます。本来、守るべきルールはエスカレーターでは「歩かない」こと。にもかかわらず、多くの人が、歩く人のための「片側空け」をやめられないのは、なぜなのでしょうか。 その背景について、文化人類学者でエスカレーターの歴史に詳しい江戸川大学名誉教授の斗鬼正一さんは、「日本社会に『速いことはいいことだ』という価値観が刷り込まれているため」だと分析します。 斗鬼さんによると、エスカレーターが史上初めて登場したのは1900年のパリ万博。日本にお目見えしたのは、1914年に東京・上野で開かれた東京大正博覧会だったそう。ただし、この頃は「片側空け」ルールはなかったようです。 片側を空けて乗るよう初めて呼びかけたとされるのは、1943年頃、第2次世界大戦下のロンドン地下鉄。日本では、高度経済成長期の1967年頃、大阪の阪急梅田駅でアナウンスされたのが最初だそうです。「東京では、バブル景気に沸く1989年頃のJR新橋駅、東京駅の地下ホーム、地下鉄新御茶ノ水駅で自然発生しました」と斗鬼さん。「いずれの時代も、社会全体で効率化を推し進めていた時期と言えるでしょう」 エスカレーター上を歩く人が増えれば、衝突や転倒による事故が起きるリスクも高まります。このため、鉄道各社は「立ち止まって利用する」との方針をアピールしているわけですが、いったん定着してしまった習慣を覆すのは容易ではありません。その理由を、斗鬼さんは「片側空けが『急いでいる人に配慮する良いマナー』として広まったため」と考えています。「周囲の人に合わせて行動すべきだという同調圧力が強いことも理由の一つですね。特に東京はそうした傾向があり、一度根付いた意識を変えるのは困難です」と指摘します。 また、エスカレーターの構造に関する情報が広く共有されていない現状も。「建築基準法上、エスカレーターは歩くことを想定して作られていません。ステップは通常の階段より高さがあり、側面がカーブしているためつまずきやすいですが、それを認識している利用者は少ないでしょう。転倒事故などの情報についても、周知されているとは言いがたいですね」