「子どもの養育費に」 高級腕時計転売ビジネスの闇 事件の被害者は
今年、高級腕時計をめぐる詐欺や横領、窃盗事件が相次いだ。何が起きているのか。被害の実相と背景を探った。(福冨旅史、三井新) 【写真】大阪市の事件で盗まれたものと同じ型のロレックスの腕時計=大阪府警提供 「子ども2人の養育費にあてるつもりだった。まさかこんなことになるなんて……」 佐賀県神埼市の会社員男性(48)はこう憤る。本業のかたわら、市販品を安く買ってネットで高く転売する「せどり」を副業としていた。 2020年9月、せどりの情報共有のために入ったチャットグループ内で、「間違いない」と誘われたのが、ロレックスの転売ビジネスだった。東京都港区のウェブサイト制作会社「IKUSHIPE(イクシペ)」に販売を任せれば、購入代金と売却利益の50%が支払われるという。 同社は「だいたい半年あれば中国で倍で売れる」「万が一売れなくても、腕時計は返還する」などとうたっていた。クレジットカードで立て替えれば翌月に全額を支払うという。 損することはないと、男性は約2カ月後、ロレックス2本を計540万円で購入し、1本を会社側に預けた。 ところが、同じように預けた知人への支払いが滞っていた。不審に思い、2本目を預けるのをやめた。購入代金は払われず、同じ被害を訴える人がネット上で次々と現れ、「詐欺」と気付いたという。 同社役員を問いつめたところ、オンラインで説明の場が設けられ、約100人の被害者が集められた。役員は「中国の売却役が要求している腕時計の本数に満たないので、購入資金が支払われない」とし、追加で購入するよう求めてきた。「契約時に説明がなかった」と反論したが、「こちらも想定外だった」と説明された。今も購入代金は支払われず、腕時計も返ってこないままだ。 パニックになり、仕事が手につかなくなった。パートの妻からは「そんなうまい話はない」と止められていたこともあり、発覚後は離婚の話も出たという。今は何とか持ち直しているが、怒りと後悔の念は消えない。 「本当に許せない。私の話を聞き、一人でも多くの人が自分ももしかしたら、と思ってほしい」 ■40都道府県の約600人、総額75億円の被害か この会社の役員が今年9月に逮捕され、その被害の全容は徐々に明らかになってきた。 男性らから腕時計をだまし取ったとして、東京地検は12月9日、会社役員の出口貴浩被告(40)=東京都港区=を詐欺罪で起訴した。認否を明らかにしていないが、警視庁は、被害者らから腕時計を受け取った直後に国内で売却していたとみている。 警視庁によると、出口被告は18年10月~23年3月、40都道府県の約600人から同様の手口で約3千本の腕時計を預かったといい、被害総額は約75億円に上るとみている。
朝日新聞社