重度難聴の息子。生後10カ月で受けた人工内耳手術は5時間にも及び、3歳の今は話せるように。音のある世界とない世界を使い分けて【体験談】
きこえとことばの力を伸ばすために
美砂江さんは糸優くん聴覚の力をのばすため、自宅から1時間ほどの距離にある療育施設に週2~4回通っていました。そのほかにも、美砂江さんは独自にオンラインで難聴児の親向けの講座を受講し、自宅での糸優くんの言葉の練習に役立てたそうです。 「いろいろと調べていたら、AVT(オーディトリーバーバルセラピー)という海外の難聴児の音声言語学習法とlanguage trainingという海外の母語教育(language Arts)をかけあわせた難聴児の親のための講座に出会いました。AVTとは、難聴児が聴くことを通して音声言語を学習することに最も重点を置いたアプローチです。ご縁があって海外在住のAVTの有資格者から1年間学びました」(美砂江さん) 美砂江さんはAVTで学んだ技法を2人の子どもたちとの日常生活に取り入れました。 「AVTにはいくつもの技法があるのですが、その1つに、きくための注意を向けさせることがあります。子どもがなにかをしている途中に話しかけてもきく準備ができていないので、『糸優くん、見て』と言葉をかけて、きく準備をしてもらいます。注意が向いたら、先に言葉を伝えてからものを見せます。たとえば「バナナ食べる?」と言ってからバナナを見せる、という具合です。 日常生活では、なにかを見せる前に必ず音声で伝えてから言うことを徹底し、なるべく本物を体験させることも心がけていました。たとえば絵本に出てくる『りんご』のイラストと、写真の『りんご』、本物の『りんご』がすべて同じ『りんご』なんだとつながるように繰り返しきかせたり見せたりしました。また、これ、それ、あそこなどの『こそあど言葉』はできるだけ使わないようにもしていました。 日常の中で自然にいろんなものに触れられるように、言葉を使ったコミュニケーションを楽しむ気持ちを育てていくようにしました」(美砂江さん)
日常生活は、きいて話すコミュニケーションに
美砂江さんのAVTの学びの効果もあり、糸優くんのことばはどんどん伸びていきました。 「今では日常会話はほぼ音声言語でコミュニケーションが成り立つようになりました。3歳を過ぎ、最近言葉のバリエーションが急に増えました。今まではなんでも『イヤ!!』だったのが、『ちがうよ』『やらない』『できない』など否定の言葉を使い分け、家族の名前やお友だちの名前も言えるようになりました。とくに車が大好きで『しょうぼうしゃ』『きゅうきゅうしゃ』『しゅうしゅうしゃ』など言い分けてるのはすごいなと感心してしまいます。音楽も大好きで、音楽が鳴ると踊り始めます(笑) 街の音に関しては、救急車の音がかなり遠くからきこえてきても気がついたり、飛行機の音がきこえると空を見上げて探したり、私でもびっくりすることがあります。初めて耳にする音がきこえると耳に手を当てて、『なんのおと? 』と聞いてくることもあります」(美砂江さん) 人工内耳の装置は、体外部分にマイクが、体内には電気信号を聴神経に伝えるインプラントが埋め込まれて、耳の上あたりで磁石でくっつくようになっています。糸優くんは人工内耳があるから音がきこえる感覚をわかっているのだとか。 「夜寝る前にベッドで絵本を読みきかせたあとには『ねんね』と言って自分で人工内耳をはずしたり、逆に朝起きると、自分でテレビをつけ、観たい動画を選んで一時停止した状態で、「みみ(つけて)」と言ってきます。人工内耳をつけてあげてから動画を再生している様子に、音のある世界とない世界を使い分けているんだなぁと感心しています」(美砂江さん) それでも、やはり糸優くんのことばの発達に心配があったという美砂江さん。 「頭では難聴児だから言葉が遅いとわかっていても、同じ年齢の健聴児のお友だちに会うと、言葉の発達や明瞭度が全然違うので少しあせってしまうことがありました。上の子がこの月齢のときはこんなこと話してたなぁ~と思ってしまうこともあります。まわりと比べないように、ゆっくり糸優のペースで!と何度も自分に言い聞かせました。 難聴児の発達は、実年齢ではなく『聴年齢』で言われることが多いんです。人工内耳をつけた年が0歳なのです。同じ3歳の子どもであっても、息子は10カ月で人工内耳を装用したので、言葉の発達は2歳2カ月相当ということ。息子は今、2語文や3語文を話しています」(美砂江さん)
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