「相手も性交に同意していたと思う」は、もう通じない。歴史的な「刑法の性犯罪規定」改正(前編) きっかけは被害者の声、どうやって国に届けたのか
山本さんも「暴行・脅迫要件」について、被害実態に即していないと強く感じていた。しかし、2017年の刑法改正ではこの要件が撤廃されず、山本さんらはその直後、Springを設立。「同意のない性行為」の処罰実現に向け、闘いを始めた。 そして、被害実態の調査、署名活動、国会議員への要望といった活動を進めていたさなか、法務省が設置した検討会の委員に選ばれた。 ▽一歩前進も、課された「拒絶困難」 法制審での議論は紛糾した。最大の焦点はやはり暴行・脅迫要件。被害者側の意見と、刑事事件に詳しい弁護士らの懸念が「衝突」した。 被害者側はこう訴えた。 「捜査機関による適用のばらつきをなくし、被害実態を適切に捉え、同意のない性行為を処罰できる処罰要件にしてほしい」 刑事弁護士側は反論する。 「(同意していたかどうかという)内心だけを問う不明確な要件だと、処罰範囲が過度に広がる」 議論を重ねた法制審は2022年10月、「試案」を示す。その中身は、簡単に言えばそれまで漠然としていた暴行・脅迫要件の中身、つまり「抵抗が著しく困難な状態」を、具体的に列挙することだ。試案では次の8項目を例示(暴行・脅迫、心身に障害を生じさせる、アルコール・薬物の摂取、睡眠など意識が明瞭でない状態にする、拒絶するいとまを与えない、予想と異なる事態で恐怖・畏怖させる、虐待による心理的反応、社会的関係による影響力)。
そして、これらによって被害者を「拒絶困難」な状態にした場合に罪が成立する、とした。 ▽被害者に拒絶義務?「不同意」実現へ この試案に対し、被害者側は「受け入れられない」と反発。問題視したのは「拒絶困難」という表現だ。 「被害者に拒絶義務が課されるように受け止められるのではないか」 「拒絶できたかどうかが問われ、同意のない性行為を処罰することにはつながらないのでは」 法務省はこうした意見を受けて試案を改訂。「拒絶困難」という言葉を撤廃した上で、こう改めた。 「同意しない意思の形成、表明、全うのいずれかを困難にした場合」 この表現は少し難しいが、実は海外の動きに沿っている。特に欧米では、一方が性行為に「嫌だ」と表明している場合は加害者を処罰する、いわゆる「ノー・ミーンズ・ノー」型の法規定になってきている。日本には昔から「嫌よ嫌よも好きのうち」という誤った理解があるが、それは許されないことであるという国際的な基準に限りなく近づいた瞬間だった。