岸壁を叩く波音もなく。対岸の山影、海面ゆらゆら──静穏な伊根湾の風景
初冬の丹後半島は少し小雨混じりの日が続いていた。高速道を降り国道178号線を走る。しばらくすると海を挟み並行して日本三景の一つ、天橋立が見えてきた。
約3.6km続く砂州には数千本の松が生い茂る。右手にその松林を眺めしばらく走ると、湾に突き出た半島沿いに木造の建物がぎっしり建ち並ぶ風景が見えてくる。映画やドラマのロケ地としても有名になった京都府伊根町の舟屋群。水際ぎりぎりに建つ家屋はまるで海上に浮かんでいるような不思議な風景だ。
防波堤から湾を見渡すとその穏やかな水面に驚く。岸壁を叩く波音もなく、対岸の山影が海面にゆらゆらと揺れる。 日本海側では珍しく南に向けて開けた伊根湾。その湾の入り口を塞ぐように浮かぶ青島。東、北、西と三方を硬い岩山で囲まれ、そのまま海に深く落ち込んでいる地形をしている。 そのため、波が起こりにくく、潮の干満差も年間約50cmとかなり静穏度の高い湾だという。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている伊根の舟屋群は、この稀な環境に恵まれたからこそ残る景観といえる。 かつてはこの湾で鯨漁も行われていて、江戸時代から大正にかけて355頭の鯨が獲れたという。漁の閑散期にあたる7月から8月に、湾上で祭礼船や神楽船で賑わうお祭りが盛大に行われる。8月下旬に行われる伊根の花火大会は、夏の凪いだ海に、鏡のように反射し、舟屋を照らし出すというかなり幻想的な世界だそうだ。(つづく) ※この記事はTHE PAGEの写真家・倉谷清文さんの「フォト・ジャーナル<“舟屋と伝説の町” 京都府伊根町へ>倉谷清文第10回」の一部を抜粋しました。 (2017年11、12月撮影・文:倉谷清文)