あさ酒、せんべろ、ジャンク飯の後はスイーツだ…自制心が木っ端微塵になる「おいしい小説」7冊 書評家・大矢博子がセレクト(レビュー)
飲み屋よりもファミレス派の人には宮島未奈『婚活マエストロ』(文藝春秋)を。四十歳独身のウェブライターがひょんなことから婚活パーティの会社を手伝うことになる。時には参加者として、時にはスタッフとしてかかわる様子を描きながら、結婚相手を探す人たちの群像劇にもなっているという趣向だ。 高齢者の婚活パーティでうまく自己アピールできない男性、自分の世界を邪魔しない相手を探している女性、婚活バスツアーでどの席に座るかの駆け引きなど、一話ごとにドラマがあって面白い。 この連作にやたらと出てくるのがサイゼリヤである。とある事件の現場になったり、理想の結婚相手が「いっしょにサイゼリヤに行ってくれる人」だったり。主要人物がサイゼリヤでミラノ風ドリアとタラコソースシシリー風を食べながら昔話をするなんて、情景と味が浮かんでくるじゃないか。 と、ここまでは辛い出来事があっても美味しい食べ物が気持ちを癒してくれる物語だった。しかし食べ物は時として呪いにもなる。それが一穂ミチ『恋とか愛とかやさしさなら』(小学館)だ。 婚約者が盗撮で捕まるという衝撃的な事件で物語が動き出す。カメラマンの新夏は、婚約者の神尾が電車で女子高生のスカートの中を盗撮したという事実をどう考えればいいのかわからない。許すことはできないが、婚約破棄を決意することもできないのだ。 この話において興味深いのは、二人より周囲の人々がこの事件をどう捉えているかの描写である。神尾は性格も条件もいいんだから目を瞑って結婚しろという友人がいる一方で、幼い娘を持つ神尾の姉は絶縁する勢いで新夏にも婚約解消を勧める。被害者の女子高生はどんな罰を与えたいかと問われ「死刑か去勢」と言い放つ。もう絶対しない、許してくれるなら何でも言うことをきくという神尾だが、新夏が性犯罪者のカウンセリングや自助グループを薦めると強く反発する。怖いのは神尾の母だ。示談で済んだことを喜び、あっさりと「なかったこと」にするのである。 これが殺人や強盗なら、ここまで考え方が割れることはないのではないか。性犯罪というものに対する認識のズレが本書の核だ。自分ならどう感じるか、自分に近い登場人物を探してみていただきたい。 美味しいものはどこに出てくるかって? 神尾の母が栗の渋皮煮や枇杷や苺のジャムなどを手作りする人なのである。それを息子や新夏に持たせる、というか押し付ける。息子の犯罪をなかったことにして、さっさと日常に戻っていることの象徴だ。そんなジャムを貰うのって逆に怖いし重い。美味しいものは幸せに食べたいよ。 ジャケ買いならぬタイトル買いをしてしまったのが、森晶麿『名探偵の顔が良い 天草茅夢のジャンクな事件簿』(新潮文庫)である。顔が良いって! 炭水化物と脂質の背徳感たっぷりのカロリー爆弾、いわゆるジャンク飯が大好きな潤子が主人公だ。仕事先で謎めいた事件に巻き込まれ、事情聴取後に入ったジャンク飯屋で、運命の出会いがあった。潤子が王子と呼んでいる推しの俳優がその飯屋にいたのである。しかもそれ以降、潤子が事件に遭うたび、王子が鮮やかに事件の謎を解き──。 密室だの見立てだのダイイングメッセージだの双子だの霊媒師だの奇術師だのと、ミステリの方もジャンクに盛りだくさん。しかもヒントもたっぷり。だが軽めのグルメミステリだと思っていると足をすくわれる。そもそもなぜ潤子はそんなに殺人事件に遭うのか? 見切ったと思った真相が鮮やかに反転する。 あさ酒からジャンク飯までよりどりみどり、あなたはどれを食べ……じゃなかった、読みますか? [レビュアー]大矢博子(書評家) 1964年大分県生まれ。書評家。名古屋在住。雑誌・新聞への書評や文庫解説などを多く執筆。著書に『読み出したら止まらない! 女子ミステリーマストリード100』『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』などがある。 協力:角川春樹事務所 角川春樹事務所 ランティエ Book Bang編集部 新潮社
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