あさ酒、せんべろ、ジャンク飯の後はスイーツだ…自制心が木っ端微塵になる「おいしい小説」7冊 書評家・大矢博子がセレクト(レビュー)
朝酒もいいけど昼酒も、できれば気のおけない飲み屋がいいなという人には坂井希久子『赤羽せんべろ まねき猫』(中央公論新社)がオススメ。せんべろというのは、千円あればべろべろに酔えるという安い飲み屋のことだそうだ。 折り合いの悪い父と十年会っていなかった明日美のもとに、父が脳出血で倒れたという連絡が来る。父は赤羽で飲み屋をやっているが復帰は絶望的だ。ところが父の友人から、店の運転資金として三百万円を貸しており、店が続くなら返済は無期限で待つが閉めるなら全額返済と言われてしまう。仕方なく従業員やバイトの助けを借りて店を続けることにしたが、女出入りが激しくろくに愛情を向けてくれなかった父への複雑な思いは拭えず……。 自分の嫌いな父が、近所の人には好かれているという状況がどうしても受け入れられない明日美。店を閉めるわけにはいかない別の理由が途中で明らかになるが、それもまた明日美の気持ちを逆撫でする。その気持ちがどう変化していくかが読みどころだ。どうしても埋められない穴や、どうしても乗り越えられない苦しみは、厳然として存在する。けれど少し心を柔らかくすることができれば、傷は癒えなくても受け入れることはできるのかもしれない。そう思わせてくれた。 せんべろだけあって肴もチープだが、それがいい。モツ煮込みに、チャーハンの入ったいなり寿司。揚げない大学芋はぜひ自分でも作ってみたい。
長月天音『たい焼き・雑貨 銀座ちぐさ百貨店』(ハルキ文庫)も、十八年会っていなかった祖母の店を孫娘の綺羅が継ぐ話だ。こちらは折り合いが悪いというより、大好きな祖母だったのに十八年前のあることがどうしても許せず、疎遠になってしまったケース。九十歳近い祖母の美寿々が長年ひとりでやってきたたい焼きと雑貨の店は綺羅も好きな場所なので、継ぐことに否やはない。けれど十八年ぶりに訪れてみれば、そこでは綺羅の知らない青年がたい焼きを焼いていた──。 綺羅の話はもちろんだが、店を訪れる客たちの物語がいい。一点もののアクセサリーなのに同じものを二つ欲しがる女性や、つげ櫛を探す女性。特に毎年同じ日に数十匹ものたい焼きを買っていく男性の話は目頭が熱くなる。まさかそんなことになっていたとは! ここに描かれるのは、受け継いでいくことの尊さだ。誰かが愛したもの、誰かが大切に思っていること。それを守り、受け継ぎ、次代へと託す。人の寿命には限りがあるからこそ、受け継がれることの意味を感じずにはいられない。 そして何よりこのたい焼きが! 皮が薄くて餡子たっぷりで、しかも尻尾のサプライズが美味しそうで仕方ない。これ市販のたい焼きの尻尾にアレを入れて温め直したら近いものができるのかしら。やってみたい。