杏さんが映画『かくしごと』で演じた直球の母性。「このタイミングなら演じられると思いました」
役の解釈一つにも表れる、エシカルなまなざし。杏さんがビジョンを持って挑んだ最新主演作のこと。
今の私だったらできるかもしれないと思えた役。
「まるで箱庭の中で、はかない花が枯れるまでのひと時みたいな物語だなと。世界から隔絶するようにして、田舎にある一軒家の敷地に、主人公の千紗子が作り上げた一瞬の夢のように感じたんです」杏さんがそう詩的に言い表したのは、主演映画『かくしごと』。介護が必要な父親と二人で暮らす千紗子はある晩、記憶喪失の少年と出会い、体の傷跡から虐待を疑う。そこで自分が母親だと偽り、「拓未」と名づけ、自宅に迎えることに。この“嘘”を巡るヒューマン・ミステリーだ。「今の法律や社会において、普通かそうでないかを分けるラインがあるとして、千紗子は目の前で傷ついている少年を救うために、軽々とそれを飛び越えます。たとえば150年以上前の日本には仇討ち制度があったり、倫理観や死生観は時代や場所によって大きく異なります。つまり状況が違えば、千紗子の行動はまったくもって正しいかもしれない。私自身、彼女は間違っていないのかもしれないなと思います」
過去のトラウマから、そんな大胆な選択をする千紗子。杏さんの演技により彼女が常軌を逸した存在ではなく、この映画を観る私たちの延長線上にいる“普通の人”だと伝わってくる。「自分にとってそうせざるをえない道を選んだ結果、現代の社会にはそぐわなかったということだと思うんです。千紗子の気持ちを想像すると、徹頭徹尾そこにはあまり迷いがないだろうなと。やらなきゃよかったという後悔もしなさそうだという印象を受け、演じる上でもその感覚を大切にしました」監督・脚本を手がけたのは、『生きてるだけで、愛。』(18)の関根光才監督。杏さんによれば、「生の感情を大事にされる監督で、撮影現場ではあえてテストを重ねず、どんどん本番に行きました」。認知症の父・孝蔵を演じたのは、奥田瑛二さんだ。「現場での待ち時間も役から抜けきらない状態でいらしたので、“奥田瑛二さん”という方をまだ知らない気がするんです。孝蔵さん役として実際に目の前にいらっしゃると、やっぱりお体が大きいですし、『介護をしていて倒れたら危ないな』『暴れたら大変だな』と、身をもって感じました。それだけキャラクターに没入していらしたし、そうでなければこの作品はきっと生まれなかったはず。横で見ていて、すごいアプローチだと思いました」