“戦争遺構”と“観光地”を巡る旅「明るいダークツーリズム」 名古屋の大学生が考案 若い世代が伝える“戦争の記憶”
終戦から79年が経過し、過酷な体験を語れる人は年々減少しています。戦争の記憶をどうつないでいくのか…。名古屋の大学生が考えたのは、愛知県に点在する“戦争遺構”を巡り、楽しい"観光"もするという「明るいダークツーリズム」でした。若い世代が伝える“戦争”。新たな試みが始まっています。
半田赤レンガ建物に刻まれた“銃弾の痕”
今年7月、愛知県半田市の半田赤レンガ建物に、大学生を乗せたバスが向かっていました。 明治時代に建てられた半田赤レンガ建物の壁に、びっしりと刻まれていたのは“銃弾の痕”。79年前、愛知県内の各地を襲った空からの爆撃や攻撃で、この地域一帯でも多くの人が命を落としました。
大学3年生 山田麗香さん: 「写真で見るより迫力すごいですね。実際に使われた銃弾が展示されているのを見たんですけど、このくらいのサイズの銃弾でこんなに穴あいちゃうんだっていう、威力のすごさと迫力を感じますね」 こう話すのは、名古屋市内の大学に通う山田麗香さん。観光経済学を専攻する山田さんが“戦争の遺構”を訪れた理由は、「ダークツーリズム」について学ぶためです。
「ダークツーリズム」とは、戦争や災害の遺構を巡ること。ヨーロッパから広まった言葉で、悲惨な行為を二度と繰り返さないための“学びの観光”なのですが、山田さんたちは、若い世代でも戦争に興味が持てる独自の観光ルートを作ろうと、愛知県の各地を下見しているのです。 大学3年生 山田麗香さん: 「愛知県内だと地元だし、自分の身の回りに戦争とか悲惨なことが起きていたと感じられるので、私たちもダークツーリズムをやってみようと」
かつて軍用機が飛び立った幅60メートルの滑走路
学生たちが次に訪れたのは、半田市にある一直線の道路。戦争とどんな関係があるのでしょうか。「半田空襲と戦争を記録する会」の梶田稔さん(85)によると、この道はかつての滑走路だといいます。 半田空襲と戦争を記録する会 梶田稔さん: 「滑走路が幅60メートル。木立の左側までが滑走路の本体です。家を取り巻くように円形になっている。こうして当時のまんまのかたちで残っている」