真偽はさておき、美しくも悲しいアランセーターの「伝説」。俳優・町田啓太の想いとは。
日本には四季折々に豊かな表情があり、それぞれにふさわしい「装い」がある。それは単に体感的な暑さや寒さをしのぐといった「機能」を追求するだけのものではなく、Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合)、つまりはTPOにそぐうものであるべき。そして、そのことに通底するストーリーを理解し装うことは、正しい「大人のたしなみ」と言えるだろう。 【画像】もっと画像を見る(6枚) 本連載は、一年の12カ月それぞれに季節を意識したテーマを掲げ、大人の男にふさわしいスタイルを模索しようというもの。小誌が培ってきたTPOに合うトラッドスタイルの知見と、現代を代表するファッションアイコン=町田啓太の表現力とのコラボレートにより、アエラスタイルマガジン流現代版「服飾歳時記」(第二期)としてつづっていく。
伝説と共に受け継がれる、アランセーターの温もり。
神無月が深まるころには、装いに「温もり」を求めたくなる。昨今は暖冬傾向にあるとはいえ、その代表的なアイテムと言えば、ウールで編まれたセーターだろう。もちろん、町田自身もワードローブに取り入れている。 「しっかりと編まれているものから、デザイン性の高いものまで、セーターは何着か所有している。温もりを衣類から感じたい季節にはピッタリだ」 ときに、温もりには「思い」がこもるもの。ここに紹介するアランセーターには、以下のような思いのこもった「伝説」が残る(『ものづくりの伝説が生きる島 ハリスツイードとアランセーター』著・長谷川喜美、写真・阿部雄介、万来舎刊より抜粋)。 「彼ら島(=アイルランドのアラン諸島 ※筆者注)の漁師たちは、妻や母が家族のために編んだ、島に伝わる独自の縄目模様の編み込みセーターを着用していた。ウール本来の色を生かした乳白色のセーターは、ウールのもつ油脂分が防水機能の役割を果たし、荒波に晒(さら)される男たちを海から守った。太い毛糸で編み込まれたざっくりと分厚いセーターは保温機能も兼ね備えており、絶え間なく島全体を吹き抜ける、凍てつくような強風からも男たちを守った。 ※中略※ ハニカム(蜂の巣)、ジグザグ、トレリス(石垣)、ブラックベリーなど、島の原始的な自然がモチーフとして編み込まれた図柄には家族の安全や豊漁を祈願する意味が込められている。不幸にして、海難事故による遭難者を判別する際、たとえ顔が判別できない状態にあっても、セーターの模様によってそれが島の誰であるかを判別することができた。編み手によって異なる図柄は母から娘へ代々伝わる家紋の役割をも果たしていた」 同書では、この美しくも悲しい「伝説」の真偽についても言及しているが、そのあたりはここではあえて深く触れない(現在では、敏腕セールスパーソンによる「作り話」だったというのが定説)。ただ、素朴ながらも豊かなセーターの表情が、伝説に不思議な信憑性を添えたことは間違いない。 この伝説に対し町田は、真偽はさておき「いい話」であることを認めこう続けた。 「“思い”や“愛情”がこもったものを受け取る喜びは格別。自分には手編みのセーターを贈られた経験はないが、90歳を超えた祖母がくれる手芸の品々にはいつも心がほころぶ。例えば、きれいな紙やビーズ、楊枝を細かく組み合わせた“傘”や、繊細に折られた(折り紙の)“鶴”に“蝶”……。手先が器用な祖母は『これくらいしか、あげられるものがないから』と言うが、それらが本当にうれしい。そこには『まだ作れるよ。元気だよ。心配しないで』という“温かい”メッセージが込められている」 さて、本日の撮影で町田が着用したアランセーターは、トラッドスタイルの名門「ブルックス ブラザーズ」によるものだ。アラン諸島で手編みされた伝統工芸品そのものではないが、創業以来200年以上続くブランドの伝統が息づいたセーターには、たとえ着崩したとしても、どこか“筋”の良い品性が漂う。だからこそ、気分はアイビー。アイルランド系移民初の米国大統領となったJ・F・ケネディが愛したスタイルを、モダンな感性でオマージュすることで、アランセーターの伝説を更新したい。 町田啓太(まちだ・けいた) 1990年生まれ。俳優、劇団EXILEメンバー。映画『チェリまほ THE MOVIE ~30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい~』『太陽とボレロ』『ミステリと言う勿れ』、テレビドラマ『テッパチ!』(フジテレビ系)、『ダメな男じゃダメですか?』(テレビ東京)、『unknown』(テレビ朝日系)、『漫画家イエナガの複雑社会を超定義』(NHK)など話題作に多数出演。大河ドラマ『光る君へ』の出演も要チェック!