村上春樹「ザ・タイガースの『シー・シー・シー』……こんな歌詞を書ける人は他にちょっと見当たりません」と感心する作詞家とは?
作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。9月29日(日)の放送は「村上RADIO~安井かずみと岩谷時子の世界~」をオンエア。今回の『村上RADIO』は、1960年代~70年代にかけて活躍した2人の日本人女性作詞家、安井かずみと岩谷時子の特集。洋楽の訳詞が始まった背景や、日本のポピュラー音楽史を振り返りながら、2人の歌詞世界をたっぷりと紹介しました。 この記事では、中盤5曲について語ったパートを紹介します。
◆中尾ミエ「夢見るシャンソン人形」 ◆尾崎紀世彦「この胸のときめきを」
岩谷時子さんはフランス語が堪能だったので、アメリカン・ポップスよりはシャンソン系の訳詞が多くなります。彼女の訳詞したものを、さらに2曲聴いてください。中尾ミエさんの歌う「夢見るシャンソン人形」、そして尾崎紀世彦さんの歌う「この胸のときめきを」です。「この胸のときめきを」はダスティ・スプリングフィールドの英語版でヒットしましたが、もともとはイタリアのカンツォーネです。
◆槇みちる「若いってすばらしい」 ◆ザ・タイガース「シー・シー・シー」
1960年代も後半になり、洋楽に日本語の歌詞をつけて歌わせるというブームもだんだん下火になってきます。その代わりに、ポップスの影響を受け、そのイディオムを加味した新しいタイプの歌謡曲、いわゆる「和製ポップス」が登場してきます。代表的なのが、ザ・タイガースやザ・テンプターズなんかをはじめとする「グループ・サウンズ」です。 そして、安井かずみさんも岩谷時子さんも、そのような時代の流れに合わせるように、訳詞ではなく作詞の仕事をこなすようになっていきます。訳詞の仕事で身につけたノウハウをオリジナルの歌詞作りに応用していったわけですね。 なにしろその時代、その手の新しいテイストを持った歌詞を書ける人が、他にはほとんどいないわけだから、仕事の依頼は次々に飛び込んできます。そして2人は着々と売れっ子の作詞家になっていきます。 安井かずみさんはこの頃から「みナみカズみ」というペンネームを捨てて、本名で仕事をするようになります。安井かずみさんの作詞家としての初期の作品を2曲聴いてください。槇みちるが歌う「若いってすばらしい」、そして当時人気絶頂のザ・タイガースが歌う「シー・シー・シー」。 「若いってすばらしい」は、宮川泰(みやかわ・ひろし)の作曲した1966年のヒット曲。あっけらかんとしたハッピーな青春賛歌で、その手放し感がなかなか素敵です。 そして「シー・シー・シー」は加瀬邦彦が作曲した1968年のヒット曲。お聞きになればわかるように、もろにリバプール・サウンドの影響を受けています。聴いてください。 この「シー・シー・シー」の歌詞は一聴して意味不明というか、かなりぶっとんでいます。こんな感覚的な歌詞を書ける人は他にちょっと見当たりません。