村上春樹「ザ・タイガースの『シー・シー・シー』……こんな歌詞を書ける人は他にちょっと見当たりません」と感心する作詞家とは?
◆竹内まりや「不思議なピーチパイ」
1971年、安井かずみさんの書いた「私の城下町」が小柳ルミ子の歌で大ヒットして、彼女は作詞家としての地歩を固めます。天地真理、郷ひろみ、アグネス・チャン、西城秀樹、沢田研二といったビッグネームに次々に歌詞を提供し、「日本レコード大賞」作詞賞も獲得します。売れっ子になり、注文に応じて片端から書きまくり、その生涯になんと約4,000曲もの歌詞を書いたと言われています。いくらでもするすると言葉が出てきたのでしょうね。そしてそれと同時に彼女は、時代の先端を行く女性として華麗な生活を送り、世間の注目を集めます。その優雅なライフスタイルは1つの伝説にさえなっています。 ただ、この時期に彼女が書いた歌詞は、僕の個人的印象からすると、洋楽ポップス系のからっとしたものから、次第にちょっとウェットな、歌謡曲っぽい雰囲気を持ち始めます。だんだん日本的保守本流にのみ込まれていく……というか。そしてそういう方向性って、安井かずみという人のスタイリッシュで、インターナショナルな生き方とはちょっとずれているんじゃないかと、僕なんかはふと感じてしまうんです。 彼女自身もあるいはそういう危機感は持っていたのかもしれません。1977年にトノバンこと、加藤和彦さんと結婚し、それを境に仕事のスタイルをがらりと変えてしまいます。つまり夫である加藤さんのためにしか歌詞を書かないと心を決めて、それを実行します。ただ加藤さんは天才肌というか、かなり凝り性の人で、売れ線に沿った曲をなかなか素直に書かない人だから、当然ながらヒット曲も生まれにくくなります。でも安井かずみ自身も、そういうきっぱりとした転換を求めていたんじゃないかという気もします。もうこれ以上コマーシャリズムに自分を消費されたくない、というような。 それでは加藤和彦作曲、安井かずみ作詞の曲をひとつ聴いてください。これはヒットしました。竹内まりやの歌う「不思議なピーチパイ」です。 (TOKYO FM「村上RADIO~安井かずみと岩谷時子の世界~」2024年9月29日(日)放送より)