30年前の甘酸っぱい青春小説が蘇る。人との距離が今より近いあの頃の、ナイーブな22歳の成長を描く~『11月そして12月』【中江有里が読む】
今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『11月そして12月』(樋口 有介 著/中央公論新社)。評者は書評家の中江有里さんです。 * * * * * * * ◆30年前の甘酸っぱい青春小説を再び 本作が発表されたのは1995年。およそ30年前の青春物語が再刊され、手に取った。 読みながら心をよぎるのは懐かしさと若い感傷。恋心を自覚した瞬間が鮮やかに描かれている。 高校も大学も中退した柿郎は「暇だろうから」と母や姉から愚痴を聞かされ、面倒事を押し付けられている。 物語の根底に柿郎のナイーブな性質があるからか、姉が自殺未遂したり、父の不倫で一家が揺れたり、ショッキングな出来事が起きても、どこか清涼な空気が流れているのがとても心地よい。 柿郎は出会ったばかりの明夜に心惹かれる。そして再会するまでの間に柿郎の恋心は大きく膨らんでいく。 次々に起きる家庭の問題、そして柿郎自身の先の見えない将来。こんなふうに現実の問題が起きる中でも、誰かを想うことは止められない。姉は不実な相手を愛し、父も不倫相手との関係に悩む。形がどうであれ、人が人を好きになることが人生になっていく。 タイトルにあるように、ほんの2ヵ月間の物語だ。しかし22歳の柿郎の人生はこの短い間に変わっていった。 明夜と関わることで、これまで人の人生を受け止める側だった柿郎が自分の人生と向き合うようになる。優しいけど少し頼りなかった柿郎の成長がしっかりと感じられる。 誕生から30年の月日を経た小説をいま読んで感じるのは、人との距離が近いこと。たとえ一緒に暮らしている家族でも近すぎると互いに傷つけてしまう。だからといって距離をおけば関わりは希薄になる。でも傷つけあっても崩れない信頼が両者にあったともいえる。 全編でみんな大いに話し合う。その会話に心くすぐられる。あの感傷が懐かしい世代にも、樋口作品を知らない世代にも読んでほしい。甘酸っぱいボーイミーツガールの世界に浸れる一冊だ。
中江有里
【関連記事】
- 瀬戸内海の小豆島へ移住した著者が描く、5頭のヤギとの〈ヤギファースト〉で幸福な生活~『私はヤギになりたい ヤギ飼い十二カ月』【中江有里が読む】
- 誰かのハイダウェイ(隠れ家)を知ることは、その人を知ることにもつながる。六篇の「隠れ家」にまつわる物語~『東京ハイダウェイ』【中江有里が読む】
- 読み終えて秀逸なタイトルに唸った。不慮の事故で不自由な体となった咲子と高校生・茜の物語。後半では、すべての見え方が変わる~『二人目の私が夜歩く』【中江有里が読む】
- 時代の寵児〈中森明菜〉の孤独。デビュー当時の「裏切り」と増えていった「敵」。姿を隠した真相は…『中森明菜 消えた歌姫』【2023編集部セレクション】
- イントロは作曲家ではなく、編曲家の仕事。労力は作曲の何百倍~『編曲の美学 アレンジャー山川恵津子とアイドルソングの時代』【中江有里が読む】