「おまえのウィルはどこにあるんだ!」 横文字を使いたがる意識高い系上司は日本では勝ち組になれない?
案の定、仲麻呂の計画を密告する者が現れる。先手を取ってASAPに動いたのは上皇サイドのほうで、政府公式文書の証しである鈴印を奪取し、即座に仲麻呂の官位官職の剥奪を宣言します。 仲麻呂は淳仁天皇の身柄を確保することにも失敗し、単独で都から逃亡することになりました。もはや彼は一国の宰相ではない。ただの反乱者です。 ちなみに『続日本紀』によると逃避行の夜、彼が泊まった家の屋根に、甕ほどもある隕石が落ちてきたそうです。「天にも見放された」と思ったことでしょうか。 結局、仲麻呂は打つ手をことごとく読まれ、琵琶湖の湖畔で首を切られてしまう。ここに彼の「ビッグなウィル」はクロージングを迎えることになりました。
しかし彼は、事態をブレークスルーしようとして、最後に大胆な発想を見せています。いっしょに落ち延びていた皇族、塩焼王を「今帝」、今の天皇として立て、自分の息子たちを親王に擬したのです。親王となれば、天皇に即位することも可能です。 史上「偽帝」「偽立」として扱われますが、こんな発想をした人はほかにはいなかった。後の藤原氏も、あくまで「天皇のおじいさん」として実権を握ろうとしましたし、平清盛も同じことをやっている。 源頼朝も、自分の娘を天皇のお妃にしようとしています。誰も「帝位簒奪」などという、とんでもない発想を持つことはなかった(ただひとりの例外は、仲麻呂の最強のライバルとなった道鏡その人です)。 おそらくその発想の背後には、日本と違って実力主義の土壌がある大陸の文化を学んでいたことがあるのでしょう。 最後は没落してしまいますが、よくも悪くも教訓を残してくれた人でした。
【堀田純司】 作家・マンガ原作者 上智大学文学部卒。主な著作は『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオンアドレサンス』(講談社)、『“天才”を売る 心と市場をつかまえるマンガ編集者』『「メジャー」を生みだす マーケティングを超えるクリエイターたち』(ともにKADOKAWA)、シナリオを担当した『まんがでわかる妻のトリセツ』(講談社)『まんがでわかる「もっと幸せに働こう」』(集英社)などがある。最新刊は『ウケるゴロ合わせ《日本史編》 イヤでも覚える基本重要事項98』(文響社)。日本漫画家協会会員。 執筆:堀田純司 イラスト:瀬川サユリ デザイン:山口言悟(Gengo Design Studio) 編集:奈良岡崇子