「広島の生ガキ」を輸出したら猛クレーム…世界を飛び回る商社マンが「離島の養殖カキ生産者」になるまで
■離島の荒れ果てた塩田跡に一目ぼれ 正解だった。たまたま江戸時代の塩田跡に巡り合い、フランスのカキ養殖池をイメージできたのだ。一目ぼれだった。 「廃屋が放置され、ぼろぼろのビニールハウスが建っているだけ──そんな土地だったんですけれどもね」 フランス語で「クレール」と呼ばれる塩田跡の養殖池。海と違って水深が浅く、太陽光をたっぷり浴びる。そのため、餌となる植物プランクトンが光合成してよく繁殖し、おいしいカキが育つ。 つまり、生食用カキの最高峰を育てるための舞台としては理想的なのである。 30代半ばの起業家が必要としていたのはまさにこれだった。4年後の2015年にファームスズキが誕生し、日本で唯一のクレールオイスターを生産するようになる。 ■ハワイに移住してもカキ養殖? 独立後の34歳で結婚して、3人の子どもがいる。 会社ロゴをデザインした元ウェブデザイナーの妻からは「55歳までに養殖池を誰かに売ってほしい。かわいい子どもたちに継がせるのは難しいから」と冗談交じりに言われるという。 「55歳でハワイに移住してもいいかなとも思っています。ちょっと本気で。子どもたちも親元から離れて独立しているだろうから」 ハワイで毎日ビーチに行って、悠々自適に暮らすのか? 違う。現地でカキ養殖を始めるのだ。 ファームスズキ社長にとって好きなことは海・川・池であり、そこから生まれる生き物だ。魚釣りにはまっていた小学生時代から一貫している。 好きなことを見つけ、それを生涯の仕事にする──。これが起業家を成功に導くカギなのかもしれない。(文中敬称略) ---------- 牧野 洋(まきの・よう) ジャーナリスト兼翻訳家 慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。 ----------
ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋