【五輪卓球の歴史エピソード】強い中国がどうしても勝てない男がスウェーデンにいた
世界を沸かせたワルドナーの神業。男子は拮抗しつつも欧州勢強し、女子は鄧亜萍(中国)が二冠
1980年代後半からのヨーロッパの台頭は1992年バルセロナ五輪まで続いた。会場となったのは元バルセロナ北駅を改造した建物。会場の上部には駅舎の窓があり、連日大勢の観客が集まった。 オリンピックの開催時期はそれまでの9、10月から7月下旬に変更されたのはヨーロッパのバケーションの時期を意識したもの。その代わり、外は35度を超える猛暑だった。この時期、ヨーロッパのプロ選手はシーズンオフのために、真夏の五輪への調整が難しいと言われていたが、ヨーロッパ選手はオリンピックに照準を合わせてきた。 男子シングルスの決勝はワルドナー(スウェーデン)とガシアン(フランス)の対決で、男子ダブルスの決勝にはロスコフ/フェッツナー(ドイツ)が進んだ。「卓球界のキング」と言われたワルドナーは圧勝の金メダル。ファンタジスタが「遊び」を封印して、勝利に突き進んだ。いつもはロビングを上げたり、カットをしたりと卓球を楽しむ傾向のあったワルドナーは、「楽しみ」ではなく、初戦から決勝まで前・中陣での速攻に徹したのだ。