作家・朝井リョウ(35)「本来、小説が持つ武器を諦めたくなかった」あらすじを一切明かさずに売り出した『生殖記』に込めた想い
人類の善悪を離れた「語り手」の役目
――人類ベースの善悪を離れた「語り手」の視点で書いてみて、いかがでしたか。 すごく楽しかったです。 「これを書いたら誰がどう思うだろう」という逡巡が消えてくれましたし、人間を主人公にしていたら出てこなかったような、人類にとってプラスにもマイナスにも振り切った文章が出てきてくれてとても新鮮でした。すごく解放感がありました。 10年、15年とか、それこそ35歳前後のタイミングって(新卒から)同じ仕事を続けていると、ちょっと飽きてきちゃったり、このやり方じゃない方法を試してみたいなっていう時期でもあると思うんですけど、私もそういう時期に差し掛かっていたのかなと思います。 ――前作の『正欲』でも今作でも、朝井さんの身近にそのような人物がいるかのような、登場人物のリアルな心理描写が面白かったんですが、小説を書くにあたって、似た境遇の人に取材されたり、準備されることや心がけなどがあれば教えていただきたいです。 事実として確認する必要があるものは取材します。例えば、前作の『正欲』では、語り手のひとりに検察官が出てきますし、登場人物が収監されるシーンがあったので、その周辺情報については出版社を通して検察官や弁護士の方々に取材しました。 そういうもの以外の、その人自身とか、人の気持ちの部分に関しては、取材しないです。私の場合、取材すると、正解を聞いてしまう感じがするというか、それ以外のことを書けなくなってしまいそうなんですよね。 心がけでいうと、例えば女性の登場人物を書くとき、服装や振る舞いで“女性感”を描写しないように気をつけます。そういう、ポイントで何かを表現しようとすると、読者が「これは違う」ってなるケースが多いのかなと思っています。 だけど、その登場人物の気持ちや感情を書くことで、その人となりを表現しようとすれば、どんな立場の人を書いたとしても意外と「なんじゃこら」とはならないのかなって。これまでの経験でそう思っていますね。 ――作品に出てくる登場人物の心理描写や葛藤は、朝井さんの中でイメージされて書かれているんですか。 私は、世界と自分の関係性が物事の捉え方に大きく影響を与えると感じています。例えば私が身長190㎝だったら、夜道は今より怖くないだろう、みたいな。 そういうことをあらゆるシーンで、登場人物ごとに行っている感覚です。