センバツの勝敗分けた采配力…なぜ37歳の仙台育英・須江監督は明徳義塾の“馬淵マジック”を封じることができたのか?
ただ明徳が守りから勝負の流れを取り戻そうとした場面もあった。 6回。これぞ明徳という鉄壁の野球があった。先頭打者・八巻真也の右翼を襲った打球を山蔭一諷がダイビングキャッチ。1死後、内野安打と右翼線二塁打で二、三塁とピンチが広がると、馬淵監督は伝令を送った。意図をくんだバッテリーは、慎重に外角に散らした末、カウントが悪くなると四球で歩かせ満塁策を選んだ。 迎えた打者は感動的な選手宣誓をした島貫丞主将。代木は冷静に一ゴロに打ち取り、併殺を完成させた。「突破口は必ずどこかにある」との信念を持ちタクトをふるった馬淵監督は、試合後、ここをポイントに挙げた。 「普通ならあそこで試合の流れがこっちに来るんですけどねえ。伊藤君は精神力が強い。投球はうまいし、テンポがある。こっちは塁に出ないからバントも使えなかった。負けるときはこんなもの」 2度、四球の走者は出したが、ヒットは出ない。1点があまりに重たかった。 馬淵監督は、県内のライバル、高知高のドラフト候補、森木大智と伊藤を比較して「球質が違う。スピン量は伊藤君の方があるんじゃないかな」と最大級の賛辞を送った。 そして、こうも言う。 「打てなかったのもあるが、印象として、いいところに守られた。データがあったのか、2、3球は抜けてもいい打球があった。将来、須江監督は東北を代表する指導者になるのでは」 例年なら大会1週間前となる抽選が今年は新型コロナの影響を受けてリモートで2月23日に行われた。そのため両チームにデータを分析する時間ができた。明徳は、須江監督に外野のポジショニングを大胆に変える守備隊形を敷かれるなどチームを丸裸にされていたのである。 高校野球界を代表する名将から“お墨付き”をもらった須江監督は、「馬淵監督はさすが甲子園で51勝しているだけあって、執念を感じた。明徳さんの守備も素晴らしくお互いがお互いの良さを引き出す試合になった」と汗をぬぐった。 明徳は1安打で仙台は10安打。 火花散る監督の采配力が勝負をわけたと言ってもいい。 須江監督は仙台育英OBで現役時代にチームは選抜で準優勝しているが“万年補欠”で学生コーチだった。八戸学院大に進んだが、ここでもレギュラーになれず学生コーチとしてコーチングの基礎を身につけた苦労人。卒業後、仙台育英の系列校である秀光中学の軟式野球部監督に就任し2014年には、全国中学校軟式野球大会で日本一に輝いている。2017年に仙台育英の野球部員の飲酒喫煙の不祥事が発覚して、佐々木順一朗監督が退任、2018年1月から監督に就任した。 選手としての実績はないが、野球理論とチームマネジメント能力に長け、年間計画を立ててチームを強化した。中学の軟式監督時代も緻密な戦略と機動力を使い得点力をアップさせた。馬淵監督を脱帽させるほどのデータも駆使した“新時代”の監督である。 2019年の夏にベスト8に入ったが、須江監督にとってセンバツは初勝利。次戦は開幕試合で逆転サヨナラ勝利して勢いに乗る神戸国際大付高校である。 一方、初戦で散った馬淵監督の早すぎる春の終わりは夏への逆襲を意味する。 馬淵監督の語録で「最悪の状況で最善をつくす」は良く知られているところだが、もうひとつ「棚からぼた餅」という言葉もある。その真意は「単にラッキーという意味ではなく、365日必死に努力した人間が、ぼた餅の下にくる。頑張った人間がぼた餅を取るんだ」という。「代木はいい投球をした。夏へ向けて、ストレートを磨けば、カットボールも生きてくる」。65歳の闘将は、まだまだ世代交代は許さない覚悟である。