「見習うべき国」とされるドイツを「反面教師」に
石塚 史樹(明治大学 経営学部 教授) 2023年の名目GDP(国内総生産)において、ドイツはドル換算で日本を1969年以降久々に追い抜き、アメリカ、中国に続く世界3位に浮上したと報道されています。そのため日本では「ドイツを見習え」といった主張ばかり聞こえてきますが、現実は2010年以降に強まった輸出依存経済の脆弱性と非現実的な政治潮流が、ドイツの経済社会に混乱をもたらしています。半年に一度、1カ月近くドイツへ研究調査に赴き、現地の研究者や企業マネジャーの意見を多く聴くなかで見えてきているのは、ドイツの深刻な危機的状況です。
◇中国経済の崩壊が、輸出依存のドイツ経済に大きな影響を与えた 日本国内ではほとんど報じられていませんが、近年のドイツは、鉄道もほとんど時刻表通りに走らず、公共インフラも老朽化し、医師の予約を取るのにも一苦労といった状態です。 鉄道一つを取り上げても、利益率を高めるためにコスト削減を最大化し、必要な設備投資と企業組織の維持を怠った結果、まともに機能しなくなっています。例えば、迂回路線などコストがかかるものを取り払い、数字上の資産を少なくして利益率を高めた結果、何か支障が出るたびに鉄道の走行がストップしてしまうようになりました。そもそも鉄道が時間通りに着かないことが当たり前になっています。また、病院の予約もなかなかとれないうえ、各期末に被保険者が加入している公的保険の予算が尽きたので、公的保険による診療が受けにくくなるとかいう話は枚挙にいとまがありません。 ドイツは2023年の時点で、すでにマイナス成長に陥っていますが、その大きな要因は、国家を挙げて創出した輸出依存経済です。ドイツの輸出依存率は、GDPの40%をも占めています。その最大の依存先である中国の経済が崩壊したため、一気に企業業績が悪化しました。中国の経済危機によってドイツの経済成長率が1.5%低下するという試算も、今年に入り出ています。 とにかく輸出を増やせばいいという安易な経済モデルをつくりあげ、2008年の金融危機後の時期に、特に新興国を相手としたこの輸出が非常に好調だったことが、先進国の中でも特に良好な経済パフォーマンスにつながりました。ですが、ポストコロナの時代を迎え、その前提が崩れた瞬間に、何もかもがうまくいかなくなったのです。 もともとドイツは総合化学企業、あるいは総合電機メーカーの母国のような国でしたが、とにかく輸出に依存する経済をつくり、儲かる分野にだけ集中するやり方を取った結果、以前のようにすべてを自社の企業内資産を結集して研究開発を行うよりも、自社内で足りない分野があれば外から買ってきてどうにかするようなM&A大国になってしまいました。この結果もあり、自動車産業においても、日本のハイブリッド車に勝てるような技術力が維持できなくなり、この状況をどうにかしようとして、以前の技術を捨ててすべてEVにシフトしようとした途端に、国家による膨大な補助金を受けた中国の安いEVが欧州を席巻することになり、ドイツ車が売れない状況に陥ったわけです。