アイディアが浮かばないのは何故? 「柔軟に脳が働く」習慣
あてもない旅をする
いつも同じところに住んで、他国を知らないと、見聞がせまくなるのはもちろん、心もかたくなりやすい。あてもないのに旅をするのは、不自然なことであるが、その非実用性が人間の精神形成に役立つものであることを見のがしてはならない。 『日本語の論理』
比べてみると見えてくる
旅行者が未知の土地について、すぐれた観察や発見をすることがすくなくない。旅行者の目が曇っていないからであるが、さらに、旅行者は土地の人とちがって、ほかとの比較ができるからである。 『日本語の論理』
おもしろいことは忘れられない
おもしろいことは、正しいことより、生命力がつよい。正しいことは、やがて忘れられる。しかも、急速に忘れられる。 対して、おもしろいことは忘れられにくい。忘れられるにしても、ゆっくり忘れられるから、こちらのほうが歴史の中核になりやすい。 『「マコトよりウソ」の法則』
ムダを目の敵にしない
芸術はムダの中から生れるぜいたくな花である。ムダはいけないものという考えがあるから、とかく道徳とか政治とかが干渉して問題を混乱させる。ムダが文化であることを、もう一度見なおすべきであろう。 『日本語の個性』
「ウソはいけない」と早まらない
ことばはウソが言えないといけない。ウソなど言えない方がいいにきまっている、と道徳家はいきまくかもしれないが、早まってはいけない。 他人に迷惑を及ぼすようなウソが反社会的でよろしくないのはもちろんである。ただ、ときとして、そういうよくないウソがあるからといって、言語の虚構性そのものまで否定するようなことがあっては大変である。 『読書の方法』
文学作品はウソの結晶
広く人間の文化は、いわば美しいウソである。もうすこし限定して言うならば、文学的フィクションとはまさに、美しいウソそのものである。 文芸が古来、くりかえし、社会から反道徳的、反良俗的という非難を受けてきたという歴史は、言語芸術がいわゆる困ったウソと同じ根をもっていることを暗示するように思われる。 『読書の方法』
雑談は発見のタネ
親しいもの同士が集まってお茶一杯飲むときの雑談でも本当に頭を働かせた話をすれば、思いがけない着想を得ることができる。科学史や思想史はそういう例をいくつも記録している。 発見、発明などは、きっかけを話し言葉にもっていることがすくなくない。雑談が学問思想のために案外、大きな役割を果すのである。 『日本語の感覚』