『映画クレヨンしんちゃん』最新作のリアルすぎる恐竜に驚き 2D作画で追求した“質感”
夏休みをめいっぱい遊ぶ楽しさがあり、知らないことを学ぶ喜びがあり、大切なものを踏みにじることへの怒りがあって、別れることへの悲しみもある。そうした様々な思いを、国民的なキャラクターたちが活躍するアニメの中で、子どもたちに強く感じてもらうことができる映画が、8月9日から公開中の『映画クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記』だ。観終われば子どももその親も、たっぷりの満足感を得て、明日からもしっかり生きていこうと思えるだろう。 【写真】実に楽しそうで面白そうな夏休みの日々 『映画クレヨンしんちゃん』シリーズの31作目となる『映画クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記』は、幼稚園児の野原しんのすけとその家族、幼稚園の友達といったいつものキャラクターたちが、タイトルにあるように恐竜と出会って経験するひと夏の騒動を描いたものとなっている。現代に恐竜? そこは、ハリウッド映画『ジュラシック・パーク』にも描かれたように、何か秘密のテクノロジーによって絶滅したはずの恐竜が蘇ったという設定が使われている。 人がビックリするようなイベントを次々に仕掛けてきた大富豪のバブル・オドロキーが、今度は恐竜でいっぱいのテーマパーク「ディノズアイランド」を東京にオープンさせた。当然、大人気になってチケットも2年先まで予約でいっぱいだったが、しんのすけに恋するお嬢さまの酢乙女あいがVIPチケットを持って現れ、しんのすけたちカスカベ防衛隊の子どもたちを「ディノズアイランド」へと連れていく。 そこで見た恐竜はどれも大きくて猛々しく、まさしく“恐竜”といった存在感を放っていた。たくさんの種類の恐竜が登場して、ガイドについてくれたアンジェラというお姉さんでも分からないところがあったが、カスカベ防衛隊のボーちゃんは、どんな恐竜が現れても即座に名前を言い当てて、頭の良さを見せつける。カッコ良さすら感じてしまうその知識量に、改めてファンになる子どももいそうだ。 しんのすけはといえば、相変わらずのハチャメチャさでバブル・オドロキーのインタビュー現場にも突っ込んでいく。風間くんはハラハラとしっぱなしでマサオくんはビクビクとしっぱなしでネネちゃんはガミガミしっぱなしといった感じに、いつもどおりの姿を見せてそれぞれのファンを安心させる。しんのすけの父親のひろしや母親のみさえも同様。みさえには頭が上がらないひろしといった関係だが、しんのすけのことは優しく見守り妹のひまわりも含めて、愛情でいっぱいの家族なのだというこころを見せてくれる。 犬のシロは? もちろんシロも野原家の一員として登場し、そして大活躍を見せる。しんちゃんたちが「ディノズアイランド」に遊びに行っていた時、シロは川べりで出会った不思議な生き物の面倒を見ていた。トカゲのようでイグアナのようでもあるその生き物の正体は、「ディノズアイランド」からひとりの青年が持ち出した小さな恐竜。やがてしんのすけやカスカベ防衛隊の面々とも出会ってナナという名を付けられ、カスカベ防衛隊バッジも送られ、みなといっしょの夏休みを過ごす。 そこまでのストーリーで描かれる、ナナもシロも入れて遊びまくる子どもたちの夏休みの日々が、実に楽しそうで面白そう。子どもだったら憧れ、大人もそんな時代があったと懐かしくなる。途中、水中眼鏡をつけたしんのすけが、ナナの真似をして這いつくばってイグアナのようなポーズを見せる場面に、大人は偉大なコメディアンの昭和期を思い出して笑顔になる。知らないはずの子どもも、映画館でクスッと笑うようで、あの芸には世代を超えた面白さがあったのだと気づかされる。 「ディノズアイランド」の秘密が暴かれ、東京や埼玉に逃げ出した恐竜があふれかえって大騒動が起こってからは、次々に現れる恐竜の種類の多さとカラフルさに驚く。恐竜がカラフルってどういうこと? トカゲやイグアナのようにヌメッとしているのでは? そうではない。『ジュラシックパーク』に出てきたティラノサウルスは確かに暗くてヌメッとした佇まいだったが、『オラたちの恐竜日記』に出てくるティラノサウルスは頭の後ろに毛が生え、体表にも赤などの色が混じっている。 ヴェロキラプトルやプテラノドンにも毛が生えていて、トカゲやイグアナではなく今の鳥類につながっているのかもと思わせる。化石として掘り出された骨格などから想像で描かれていた恐竜の研究が進んで、羽毛が生えていたかもしれないといった現時点での成果が、『オラたちの恐竜日記』の恐竜には反映されている。学ぶ楽しさがあるとはこのことだ。 すごいのは、こうした恐竜たちがアニメの絵でありながらもデフォルメされず、フォルムも質感もリアル寄りに作画されている点。3DCGで制作された2023年の番外編『しん次元! クレヨンしんちゃん THE MOVIE 超能力大決戦 ~とべとべ手巻き寿司~』では、クライマックスのロボットバトルが、CGならではの大胆なカメラワークで迫力たっぷりに描かれ話題になった。『オラたちの恐竜日記』は2Dの作画に戻っても、線と色で恐竜の質感を出しつつ、重量感やスピード感を持ったダイナミックな動きを作り出している。 しんちゃんをはじめキャラクターの方は、臼井儀人の原作漫画から抜け出てきたようなデフォルメされた姿で演技を続ける。方向性が違う作画の恐竜とキャラクターが同じ画面に混在して違和感がないように、恐竜の方もリアルさの中に目を大きくするなど工夫が乗せられている。人間が手で描きながら調整するアニメならではの絶妙さと言えるだろう。 そんな恐竜も時にはデフォルメされてダンスも踊る。渋谷でオルニトミムスが見せるステージに、親の世代は平成への思いが浮かぶはずだ。 そうしたストーリーの中で、シロとしんのすけがナナとの間で育む家族愛の暖かさに触れられる。同時に、オドロキーとその家族の間に生まれた行き違いについて、どうしてわかり合おうとしないんだといった苦い思いが浮かんでくる。やりたいことがあるならやってみればいい。そんな当たり前のことがなかなかできない状況に怒り、抜け出すために何が必要なのかを考えたくなる。子どもだから明快に決断することはないだろうが、やってみたいならやってみよう、恐れていないで踏み出そうといったメッセージは伝わるだろう。 生きていれば避けられない悲しみもあって、涙ぐむ子どももいるかもしれない。それでも、前向きな気持ちになれることは確かだ。映画館を出た子どもが恐竜図鑑を欲しいと言い出したら、迷わずに買って与えてあげよう。未来に「ディノズアイランド」を作って大金をもたらしてくれるかもしれない これだけのクオリティーと内容を持った長編アニメを、プログラムピクチャーの『映画クレヨンしんちゃん』シリーズで作れてしまうシンエイ動画の凄さを、改めて感じ取れる作品でもある。『ドラえもん』の映画シリーズも定期的に繰りだしつつ、TVシリーズも毎週しっかりと作り続けることで、どれだけの腕前を持ったスタッフがそこから生まれているのか。そうした成果が、2023年の話題を席巻した『窓ぎわのトットちゃん』や、7月19日公開の『化け猫あんずちゃん』の日常をしっかりと描く高難度で高品質なアニメ作りにつながっているのかもしれない。
タニグチリウイチ