どうやって「歯をやめた」のか…?じつは、「あまりに長い紆余曲折」の果てに獲得したヒゲクジラのヒゲ
和名「アショロカズハヒゲクジラ」の由来
エティオケタスもまた、「歯のあるヒゲクジラ類」である。エティオケタスの名前(属名)をもつ種は複数報告されており、日本でも北海道に分布する漸新世の地 層から「エティオケタス・ポリデンタトゥス(Aetiocetus polydentatus)」が報告されている。 その全長は、3.8メートルと推定されており、ミスタコドンとほぼ同じ大きさだ。なお、エティオケタス・ポリデンタトゥスは、「アショロカズハヒゲクジラ」の和名でも知られている。化石産地である「足寄町」と「歯の数が多いこと」にちなんだ名前だ。 エティオケタスというヒゲクジラ類は、まさしくヒゲクジラ類の進化の途上にあり、アメリカから化石が発見されている「エティオケタス・ウェルトニ(Aetiocetusweltoni)」は、「歯のあるヒゲクジラ類」ではあるものの、ミスタコドンやエティオケタス・ポリデンタトゥスとは異なり、ヒゲもあったとみられている。つまり、エティオケタス・ウェルトニは、「歯もヒゲもあるヒゲクジラ類」なのだ。
「歯があってヒゲがない」「歯もヒゲもない」…ヒゲクジラ類の試行錯誤
そんなエティオケタスの“一歩先”は、アメリカに分布する漸新世初頭の地層から化石が発見された「マイアバラエナ(Maiabalaena)」である。全長4.6メートルと見積もられているこのヒゲクジラ類には、ヒゲクジラ類の試行錯誤を垣間見みることができる。 なにしろ、マイアバラエナには、歯もヒゲもない。すなわち、マイアバラエナは、「歯もヒゲもないヒゲクジラ類」である。 マイアバラエナを2018年に報告したジョージ・メイソン大学(アメリカ)のカルロス・マウリシオ・ペレドたちは、マイアバラエナは獲物をまるごと吸い込んで食べていたとみている。 こうした最初期のヒゲクジラ類の中で、「歯のないヒゲのあるヒゲクジラ類」……つまり、一般に「ヒゲクジラ類」という言葉から想像できるヒゲクジラ類の一つが、アメリカに分布する漸新世半ばの地層から化石が発見されている「エオミスティケタス(Eomysticetus)」である。部分化石ばかりが知られているために正確な大きさは不明なものの、約1.5メートルの頭骨から推測されるその全長は、7メートルに達したという。 エオミスティケタスは、ヒゲを用い、現生のヒゲクジラ類と同じようにプランクトンを主食としていたようだ。 もっとも、その頭骨にはヒゲクジラ類としてみると原始的な特徴がいくつかある。例えば、現生のヒゲクジラ類の下顎は、外側に大きく湾曲している。そのため、口を大きく膨らませることが可能である。いっきに大量の水を口に含み、こし取り、大量のプランクトンを得ることができるのだ。 エオミスティケタスの下顎には、この湾曲構造がない。すなわち、口に含むことができる水量は限られていた。また、鼻の孔あなの位置も、現生種と比較するとエオミスティケタスのそれは口先に近い。これは、バシロサウルスなどのムカシクジラ類と共通する。 いずれにしろ、ヒゲクジラ類は、「歯のあるヒゲのないヒゲクジラ類」から始まり、「歯もヒゲもないヒゲクジラ類」を経て、「歯のないヒゲのあるヒゲクジラ類」ーーつまり、“現代的なヒゲクジラ類”に到達した。漸新世にプランクトン食に特化したクジラ類が登場するに至り、クジラ類は海洋生態系において、その地位を確立させつつあった。 始新世に始まり、漸新世にヒゲクジラ類の登場という一大ハイライトを迎えたクジラ類の歴史だが、クジラ類のもう一つのグループである「ハクジラ類」に関しても、その最古の種は漸新世に登場し、そして、中新世には「頂点捕食者《トッププレデター》級」ともいえる大型種が出現するに至っている。 続いて、ハクジラ類の進展を見てみよう。 カラー図説 生命の大進化40億年史 シリーズ 全3巻で40億年の生命史が全部読める、好評シリーズの新生代編。哺乳類の多様化と進化を中心に、さまざまな種を取り上げながら、豊富な化石写真と復元画とともに解説していきます。
ブルーバックス編集部(科学シリーズ)
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