103万円の壁、突破へーー「引き上げ必須も抜本的な解決にならない」理由を税理士が解説
11月22日、政府が閣議決定した新たな経済対策に、「年収103万円の壁」対策が盛り込まれた。具体的には「令和7年度税制改正の中で議論し引き上げる」と明記。10月の衆議院議員選挙で、議席を大きく伸ばした国民民主の求めに与党側が譲歩した形だ。 そもそも「103万円の壁」とは、所得税が課税となるか非課税となるかのボーダーラインのこと。給与収入を得ている人は、基礎控除額48万円+給与所得控除額55万円=103万円を超えると所得税が課税される。そのため、パートやアルバイトでは、給与収入を103万円以下に抑えるような働き方をするケースが多い。 なお、国民民主党は、そもそも103万円の控除額を178万円まで引き上げることを提案しているが、実際の引き上げ幅については、今後の与党・野党との話し合いの結果次第となる。 年収の壁の引き上げにより、労働者や事業主にはどのような影響があるのだろうか。岩永 悠税理士に聞いた。 ●「年収130万円以内」で雇用したい事業主は多い ーーもし103万円の壁が引き上げられた場合、パートやアルバイトを雇用している事業主にはどのような影響があるのでしょうか。 「事業主側から考えると、103万円の壁が撤廃されたとしても、130万円の壁(社会保険への加入)が存在する以上、130万円未満までしか働いてもらうことができない、という状態は変わらないでしょう。 なぜなら、社会保険(健康保険、厚生年金保険)は、事業主と加入者で折半して払わないといけないため、事業主側の負担も大きくなるからです。よって103万円の壁がなくなったとしても130万円未満の雇用で留める事業主が多いでしょう。 それでも東京都の最低賃金は1,163円ですから、年間労働時間にして約250時間の労働力増加は見込めます。人手が少ない中小・零細企業については、年間250時間(月20時間程度)の労働力の確保でもうれしいとは思いますが、社会保険の130万円の壁をどうにかしなければ、抜本的な解決にはならないでしょう。」 ● 基礎控除等の引き上げは、すべての人にとって有利な改正 ーー基礎控除等が引き上がると、「現在年収103万円以内で働いているパート、アルバイト」以外の方にもメリットがあるのでしょうか。 「基礎控除の引き上げは、基本的にはすべての所得者に影響を与えます。国民からするとプラスでしかない改正となります。 年金所得者も基礎控除が178万円となれば、高齢者も今以上に労働しやすくなります。若手だけでなく高齢者の労働力確保にもつながるのではないでしょうか。 2020年には、給与所得控除・公的年金等控除を10万円引き下げて、基礎控除を10万円引き上げる改正がありましたが、本来の基礎控除は、生きるために最低限必要なコストを賄う所得からは税金を取らないという考えに基づいて設定されています。 インフレによって生活コストが上がっている以上、基礎控除の引き上げは必須だと考えます。」 ●何のために壁を見直すのか、未来を見据えた議論が必要 ーー今回の基礎控除等の引き上げ案について、どのように思われますか? 「基礎控除引き上げについては『何のために行うのか』ということが最も重要だと考えています。基礎控除引き上げは手段でしかなく、引き上げた先の未来に何を求めての動きなのかということです。 今回の件では、とかく学生のアルバイトが注目されがちですが、基礎控除の引き上げが『若手の労働力確保が目的』なのか、『子を扶養する親の手取りの問題』なのか、ただの手段として『インフレに伴う物価対応対策』なのか…ということです。 労働力確保という点では、前述のとおり、社会保険の130万円の壁も一緒に引き上げないと抜本的な解決となりません。 親の扶養問題で考えると、基礎控除が上がり親が扶養控除を受けることができれば、親の手取り的には有難いと思う反面、本来学業に専念すべき子の労働時間が増えるとなると、そもそも何のために大学まで行かせたのかという本質的な問題が残ります。 またインフレ対策として考えるのであれば、最低賃金上昇率で考える178万円が本当に正しいのかという問題も残ります。 いずにせよ、与野党で『会話』ができる状態の今だからこそ、未来を見据えた抜本的な税制改革(社会保障を含む)に期待しています。」 【取材協力税理士】 岩永 悠(いわながゆう)税理士 アイユーコンサルティンググループ代表/税理士法人アイユーコンサルティング代表社員。 西南学院大学卒業。京都大学経営管理大学院 上級経営会計専門家(EMBA)プログラム修了。2007年中堅の税理士法人に入所。26歳で税理士登録後、国内大手税理士法人に入所し福岡事務所設立に参画。13年独立開業、15年法人化。「日本のミライに豊かさを」をビジョンに掲げ、税理士法人を母体に全国11拠点・総勢約160名体制でグループを運営している。24年1月には事業承継専門部隊「承継アドバイザリー部」を設立。主な著書「事業承継を乗り切るための組織再編・ホールディングス活用術」(23年改訂版発刊、24年重版)。 ・事務所名 : アイユーコンサルティンググループ 税理士法人アイユーコンサルティング ・グループサイト:https://bs.taxlawyer328.jp/ ・採用サイト:https://iu-recruit.taxlawyer328.jp/
弁護士ドットコムニュース編集部