安倍自民党は選挙で決して「一強」ではない
17年間磨いてきた「政治テクニック」
自公の政策は水と油である。水と油の政策を一つにして選挙協力をするには自公の間で妥協が必要になる。それはそれぞれの党の支持者にとって不満である。従って支持者を説得するごまかしが必要となる。安保法制で安倍首相が「平和」という言葉を多用し、「限定的」を強調して改憲アレルギーに配慮したのは、そのためのテクニックである。 そのテクニックを自公両党は17年にわたって磨いてきた。まさに熟練の領域に到達したとみることができる。妥協は民主主義の基本である。理想を追求する政治は全体主義と独裁政治を生み出すが、不満を持ちながらも妥協して一致点を見出すところに民主主義政治の本質はある。そのためには政治テクニックが必要になる。 政治は権力を獲得しなければ何もできず、また政治は「論理でなくアート(技術)の世界」と言われるが、旧民主党にはこれまでそうした技術を磨く思考がなかった。ひたすら政府与党を批判し、理想を追求して国民の支持を得、政権を倒すことしか考えてこなかった。そして“風”が吹くのをひたすら待っていた。 それが一時の国民的熱狂によって権力を獲得する。しかし何の政治技術も身に着けていない旧民主党は唯一、政治技術に長けていた小沢一郎氏と対立し、党を分裂させた。あまりの未熟さを見て国民の熱狂は嫌悪に変わる。それが、その後の選挙で戦後最低の投票率と得票数を減らしているのに自民党を圧勝させるという選挙結果をもたらした。つまり安倍自民党の生命維持装置は公明党の選挙協力と、政治技術を持たない旧民主党への嫌悪感にある。
野党の選挙協力の今後は?
ところが昨年の安保法制強行採決は、国民の中に分断と対立を生じさせ、幅広い階層の国民が安倍政権の政治手法に「NO」の声を上げた。「一強」の暴走を食い止めるのに何が必要か。それがいま問われている。 答えははっきりしている。水と油の自公選挙協力と同じことを野党も行い、さらに旧民主党に対する嫌悪感を拭い去ることである。すると日本共産党が英断をもって選挙協力に乗り出した。公明党の役割を共産党が果たすようになれば、まさに自公の選挙協力の効果を野党も手にすることができる。 その最初のケースが衆院北海道5区の補欠選挙であった。結果は手ごたえを感じる程度に終わったが、問題はこれからである。自公は選挙協力のうまみを17年にわたって知り尽くしているだけに内心の脅威は相当なものだ。それだけに分断工作に全力を挙げるはずである。それに打ち勝つ政治技術を野党側が持てるかどうかが第一である。 政府与党は反共宣伝と民進党の切り崩しに全力を挙げるだろう。しかしそれは所詮、水と油の勢力がその内実をテクニックで覆い隠しながら行う攻撃である。これに対抗するには熟練の政治技術を持つ人材を糾合することである。旧民主党時代の執行部の未熟さはいやというほど見せつけられたので、そうした人たちにはお引き取りいただき、熟達した知恵者にシナリオを委ねることである。 折から安倍首相周辺の描いてきた衆参ダブル選のシナリオが再構築を迫られる情勢になった。こちらはあとひと月足らずでシナリオを書き直さなければならないが、野党側は慌てることはない。二段構え三段構えのシナリオを作成し、あの一時的な熱狂で政権交代を果たし、それ故に熱狂が嫌悪に変わった二の舞を踏まないようにすることは可能である。 何よりもこの17年間の自公選挙協力のカラクリを止めるだけでも野党の選挙協力の意味はある。その時に政策的違いや思想的違いなど大した問題でないことは、自公がすでに教えてくれている。これからは政治技術をどれだけ磨くかの勝負になる。そしてそのことは政権交代に慣れていない国民にも、民主主義とは妥協であり、論理ではなくアート(技術)の世界であることを教えることになる。その時代が到来したのである。
------------------------------- ■田中良紹(たなか・よしつぐ) ジャーナリスト。TBSでドキュメンタリー・ディレクターや放送記者を務め、ロッキード事件、日米摩擦、自民党などを取材する。1990年に米国の政治専門 チャンネルC-SPANの配給権を取得してTBSを退職、(株)シー・ネットを設立する。米国議会情報を基にテレビ番組を制作する一方、日本の国会に委員会審議の映像公開を提案、98年からCSで「国会テレビ」を放送する。現在は「田中塾」で政治の読み方を講義。またブログ「国会探検」や「フーテン老人世直し録」をヤフーに執筆中