きのこ採りで戦慄、「熊の巣穴」を見に行った男たちの末路~戦前の「人間と熊」の命がけの闘い~
と言って六馬は、そこから30メートルほど離れたところに横たわっている、遠目にもナラの大木と判別される風倒木を指さした。 「そうか、あそこが熊の穴か。よし、分かった。中に入っているかどうか、ちょっと様子を見てくるか」 私は何気なく、向こうに見えている根剝れに近づいていった。 ■熊の穴 この辺りの山のように地山が岩石で形成されていて地表の浅いところでは、樹木や笹は土中深くに根を伸ばすことができず、表層にのみ根を張るものが多い。そんな木は台風などで根こそぎ倒されてしまうことがあって、それを根剝れと呼び、強風で折られた木を含めて風倒木と呼んでいる。
六馬の指さしたその根剝れの側に来て、よく見ると、倒れたナラの大木は根元近くで二股に分かれていて、どちらの幹も同じくらいの太さであった。そして根元の剝れたところは、土が小山のように盛り上がっていた。その土の山は熊が穴を掘ったときにできたもので、穴はその土の山の向こう側にあるようだ。 私はいったん斜面の下に回り込み、倒れた幹の傍らから穴へ近づいていった。盛り上がった土の壁まであと1メートルほどに接近したとき、目の前を横切る一本のゾミの木に突き当たり、行く手を遮られた。
その木は、だいぶ前に誰かが鉈のような刃物で幹に切り込みを入れて横に折り曲げたもので、それから相当永い年月が経っているらしく、切り込みの入った折り口のところは、生木が盛り上がって丸味をおびている。 折られて水平になった幹からは若い小枝が上へ隙間なく生え、それが私の前進を阻んだのだ。仕方なく、私は斜面に膝をつき、その下を這って潜り抜けた。眼前に、熊が掘り出したものと見られる土の壁があった。 立ち上がって、その壁の向こうに目をやった。
穴の入口に細いアオダモの木が生えており、その木肌に、熊が穴を掘った際なすりつけたものと思われる赤土が、乾いた状態で付着している。穴の縁には、ほんの2、3センチほど雪が積もっていて、その上にエゾリスの足跡と、きょう私の跡を追ってきた獣猟犬のノンコがたった今通りすぎていった足跡とが付いている。 右手でそのアオダモを握り、左の掌をそうっと雪の上に置き、そのままの姿勢で左手に力を入れ、一段上に足場を移して伸び上がって熊の穴を覗き込んだ。