晩年の松下幸之助、本田宗一郎との出会いで、稲盛和夫氏が確信した経営者のあるべき姿
松下幸之助さんも、本田宗一郎さんも、晩年は、器の大きい人格者だった
京セラが順調に成長発展を重ね、やがて上場を視野に入れ始めた、30年以上も前のことです。私はある日本を代表する大手銀行の頭取にお目にかかり、日頃松下幸之助さんの著作をよく読み、尊敬申し上げていて、私自身もそのような生き方をしたい、そのような姿勢で経営にあたりたいと、自らの考えをお話ししました。 その頭取は、松下さんをよくご存じの方でしたので、てっきり相槌を打っていただけるものと思っていました。しかし「松下さんも若い頃には、やんちゃなところもあった。あなたみたいに若いくせに老成したようなことを言うのはいかがなものか」と、私をたしなめられたのです。 その言葉を聞き、愕然としました。人間ですから、若い頃には至らないところなど多々あるはずです。しかし、それでも自分の人間性を向上させようとしているかどうかが大切ではないだろうかと思い、大銀行の頭取でもそのようなことを理解しようとされないことに驚きました。 その後、私は実際に、晩年を迎えていた松下さんにお会いし、対談をさせていただく機会に恵まれました。やはり、素晴らしい人格と識見を兼ね備えた、まさに不世出の経営者でいらっしゃいました。一生涯をかけて、自分の器を大きくすることに努められたのでしょう。また、その結果として、松下電器産業は世界有数のエレクトロニクス企業に成長発展していったのです。 本田宗一郎さんもしかりです。本田さんは、一介の自動車修理工場の経営者から身を立てられた方で、若い頃は随分荒々しかったとお聞きしていました。現場でいい加減なことをしようものなら、すぐに鉄拳やスパナが飛んできたといわれています。またご自身でも、「遊びたいから仕事をするんだ」と公言してはばからなかったといいます。 私は、そんな本田さんが功成り名を遂げられた晩年に、お会いしたことがあります。本田さんをはじめ幾人かの経営者の方々とともに、スウェーデンの王立科学技術アカデミーの海外特別会員に選出され、その関連行事のためにスウェーデンへ招待を受けたときのことでした。 一週間くらい、本田さんたちと一緒に、スウェーデン各地を巡り、寝食をともにする中で、改めて本田さんが素晴らしい人格の持ち主であることを実感しました。 若い頃のエピソードが信じられないくらい柔和で、謙虚で、思いやりにあふれ、まさに人格者でいらっしゃいました。本田さんがそのように人格を高められたがゆえに、本田技研工業が、世界に冠たる自動車メーカーにまで成長発展することができたのだと私は思います。 私は、このように、経営者の人格と企業の業績がパラレルになるということを「心を高める、経営を伸ばす」という言葉で表現しています。これは、まさに経営の真髄ともいうべきことです。経営を伸ばしたいと思うならば、まずは経営者である自分自身の心を高めることが先決であり、そうすれば業績は必ずついてくるのです。 この心を高めることを怠った経営者は、いったん大成功を収めたとしても、没落を遂げていくのです。ビジネスで成功し、立派そうに見えた人でも、早い人で10年、遅い人でも30年も経てば、衰退の道をたどり始める。 それは、当初は仕事に打ち込み、一時的に人格を高めることができたとしても、事業を成功させた後に、いつの間にか謙虚さを忘れ、努力を怠るようになり、その人格を高く維持していくことができなかったからです。 もともと立派な考え方、立派な人格を持った人がいるわけではありません。人間は一生を生きていく中で、自らの意志と努力で素晴らしい人格を身につけていくのです。 特に多くの従業員を雇用し、その人生を預かっている経営者は、より大きな責任を背負っているはずです。生涯をかけ、弛まぬ研鑽の日々を送り、人格を高め続けることが、経営者として身を立てた者の務めであると私は考えてきました。