【40代・50代の「医療未来学」】今後も人類は感染症に脅かされるの?
これから期待大の「バーチャル治験」
風邪について、少し違う方向からお聞きしたいのだが。日常で風邪はなるべくひかないほうがもちろんいいのだが、「風邪をひくことで免疫がつく」ということは正しいといえるのだろうか? 「理屈としては、子どもの頃から小さな感染症を繰り返して人は成長するし、いろいろな抗体ができていくとはいえると思います。でも、はたしてそれは真実なのか。そのデータをとる実験が、もうできなくなっているという現状についてもお話をさせてください。例えば特効薬を作るための治験は、最近ほとんどが途中で終わってしまうんですよ」 それはなぜだろうか? 「治験の際は、薬を使う人、使わない人というグループ分けをして行います。そうすると、薬を使わないグループに割り当てられた人は、シンプルに損ですよね。仮にそれを5年間続けましょうとなったら、薬を使わないグループの人は5年間、特効薬をもらえないことになります。 なので、今は製薬会社や行政は何度も中間結果報告を出して、明確な差が出たらすぐに治験を中止するんです。『ここからはもう、両方のグループの人に薬を使わせてあげてね』と。要は倫理的な問題で、不利益を受ける人を極力減らしていこうというふうに治験のスタイルが変わってきているんですね。 そこで今、僕が期待しているのは、そういった不利益グループに実際の人を割り当てるのではなく、最初からバーチャル治験を行うという流れです。たくさんの人の健康なビッグデータがすでにありますから、そこからデータをとってやっていこうというバーチャル治験の時代に入ろうとしているのが『今』なんです」 それはまさに、デジタル化とテクノロジーの恩恵といえるだろう。 「皆さんの知らないところで、医療は日々進化しているということは、なんとなくでいいので、知っておいていただけたらと思います。 で、話を質問の回答に戻すと、先述のように、実際の人間ではもう比較治験ができなくなってしまっているので、『無菌状態よりも、少しは病原体にさらされたほうが健康にいいかどうか』問題については、人類が今後証明する術はないんです。 たとえるなら、『人生で一度も怒られたことのない人が20歳になって初めて怒られるのと、ずっと怒られ続けた人が20歳になってまた怒られるのとでは、どちらが心理的な傷は小さいか』という議論をしているのと同じこと。『それは怒られ慣れているほうが~』とはみんなが思いますよね? 思うけれど、それは誰にも証明することができない、ということなんですよ(笑)」 なるほど。では、バーチャル治験のさらなる進化を期待しつつ、自衛しながらも、少しでも風邪をひかなくなる未来の到来を待とう!
【教えてれたのは】 奥 真也さん 医師、医学博士。経営学修士(MBA)。 専門は、医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。 東京大学医学部22 世紀医療センター准教授、会津大学教授を経てビジネスに転じ、製薬会社、医療機器メーカー、コンサルティング会社等を経験。創薬、医療機器、新規医療ビジネスに造詣が深い イラスト/内藤しなこ 取材・原文/井尾淳子