卸先に販売価格を指定するのは独禁法違反? アパレルの「小売価格」を巡る疑問を解説
メーカーが卸先の販売価格を決めてはいけない理由
そもそも、なぜメーカーが卸売業者および小売業者(以下、卸先)の販売価格を決めることが禁止されているのか。独占禁止法に詳しい渡邊隆之弁護士は、「市場競争において重要な要素はいくつかあるが、その中でも価格は非常に重要なものと位置付けられる」と話す。「事業を行う上で、『物をいくらで売るか』というのは、本来卸先が個社ごとの戦略に基づいて決めるべきもの。メーカーがそれを制限すると自由な競争を阻害することになり、消費者にとっても価格の選択肢が奪われるため影響が大きい。また、自社製品とはいえ、メーカーが卸先に商品を販売した時点でその商品は既に自社の手を離れているため、メーカーが卸先の値付けに介入することは、正当な理由がない限り妥当とは言えない。そのため、独占禁止法上、再販売価格の拘束は原則違法とされている」と説明する。
ファッション業界にも当てはまる「再販売価格の拘束」の禁止、過去にはナイキにも勧告
この「再販売価格の拘束」の禁止は、ファッション業界においても同様のことが言えるが、公正取引委員会が公表しているファッション関連の事案は少なく、1998年にまで遡る。当時、「ナイキ(NIKE)」は自社ブランドのシューズを販売する際に、自らまたは取引先の卸売業者を通じて、(1)希望小売価格等で販売すること、(2)並行輸入品を取り扱わないこと、(3)希望小売価格を下回る価格を表示した新聞折込み広告等を行わないことを要請していた。さらに、「希望小売価格で販売する等の基準を満たした店舗に対してのみ、人気製品を卸す」といった行為を行うことで、卸先が製品を希望小売価格で販売するようにコントロールしていたとして、公正取引委員会がナイキジャパンに対して勧告を行った。
「販売価格のコントロール」は当事者同士が合意していても違法
近年公表されているファッション業界の事例ではないが、ファッションローに詳しい海老澤美幸弁護士は、「ブランドと卸先の間で売買契約を締結するにあたり、ブランドから卸先が顧客に商品を販売する際の価格をコントロールしたいとの相談を受けるケースは少なくない」と話す。「特にファッションではブランディングが重要であり、その低下を防ぐ目的だ。しかし、売主であるブランドが価格を指定することは『再販価格の拘束』の禁止に抵触する可能性が高く、注意してほしい」(海老澤弁護士)という。 契約には、いわゆる「契約自由の原則」というものがあり、原則として、当事者同士が契約内容を自由に決められることになっている。しかし、「独占禁止法は“強行規定”と呼ばれ、仮に独占禁止法で禁止された内容を双方が合意して契約に盛り込み締結した場合でも、強行規定が優先して適用されるため、その行為が違法となることに変わりはない」(渡邊弁護士)という。つまり、双方が再販売価格の拘束に納得して契約書の中に価格を拘束する内容を盛り込んだとしても、卸先は守る必要がないということだ。 公正取引委員会が「再販売価格の拘束」に関して違反していると判断した場合、基本的には排除措置命令が下る。処分が下っても従わない場合には、2年以下の懲役または300万円以下の罰金刑が科せられる。今回の日清食品のケースは、排除措置命令などを下すには十分な証拠がなかったため、「警告」という形で公表された。「警告」の場合、罰金のようなペナルティはないが、本件について日経新聞が初めて報じた8月8日の株価は、終値ベースで年初来安値を更新した。 公正取引委員会の調査が入るも公表を免れたファッション業界の事例は、一定数あると考えられる。「独占禁止法は大きな企業に関係する法律と捉えられがちだが、『再販売価格の拘束』については、企業規模や市場シェアを問わず、全ての企業が違反の主体となる可能性がある」と渡邊弁護士も指摘しているように、今回日清食品の事案が公表され大きく報道されたことは、ファッション業界においても、自社が締結している契約内容やビジネス慣行を総点検する良い機会になったと言えるだろう。 平川裕 幼少期を米国で過ごし、大学卒業後に日本の大手法律事務所に広報担当として勤務。2017年に「WWDJAPAN」の編集記者(バッグ&シューズ担当)としてパリ・ファッション・ウィークや国内外のCEO・デザイナーへの取材を担当する傍ら、ファッションロー分野を開拓する。現在はフリーランスのファッションライターとスタートアップのPR担当という二足の草鞋で活動中。無類のハイヒール好きで9cmヒールが基本。