「僕はプロになれなかったから…同じことをさせたらアウト」なぜ“岩手の奥地の大学”から一挙6人のプロ野球選手が? 39歳監督の「超合理的」思考法
一方で…「単に“投げなければいい”とは思っていない」
安田は佐藤のブルペン入りさえも許可しなかった。結果的に、富士大は青山学院大に3対4の僅差で敗れている。この件について質問すると、安田は苦笑しながら「これは難しくて、その選手の立ち位置とか状況にもよるんですよ」と内幕を明かした。 「仮に佐藤が4年生で、ドラフト前最後のスカウトが来るリーグ戦だったら、と想定しましょうか。絶対に支配下でプロに行きたいと思っているけど、ドラフトにかかるかどうかギリギリのラインにいて、本人が投げたいと言ったら、連投させます。本人の目標のためですからね。単に『投げなければいい』とはまったく思っていない。 ただ現実的には、佐藤は3年生の段階で翌年のドラフト候補になっていた。それならリスクを犯す必要はない、というだけの話なんです。順調にいけば支配下で指名されると思うし、それよりも怪我をするリスクの方が高いよ、と」 解消していない疑問もある。チームを率いる監督として、明治神宮大会という大舞台で「勝つ可能性」を最大化しようと考えた場合、たとえ酷使であっても抑える可能性の高い投手を起用したくはならないのか、という点だ。大学の名前を売るという意味でも、あるいは個人的な野心や功名心という意味でも、リスクと見返りを天秤にかけて勝利を追い求める指導者は少なくないのではないか。 だが、安田はあっけらかんと「選手に無理をさせてでも勝ちたい気持ちですか? まったくないですね」と答えた。 「僕は選手をプロに行かせたいし、プロで活躍してほしい。選手たちに自分のような無念を味わってほしくない。言ってしまえばそれだけなんです。それに、全日本や神宮で優勝できればプロに行けなくてもいい、と本気で思っている選手なんていませんよ。全日本で負けてプロに行くのと、全日本で勝ってプロに行けないという選択肢があったときに、後者を選ぶわけがない。そんな選手がいたら、嘘でしょ、綺麗事はやめようぜって言いますよ」 もちろん安田は「勝たなくていい」と思っているわけではない。むしろ、選手たちには「勝たなきゃダメだ」と強く伝えている。勝つこと自体が目的ではなく、その先にある目標を実現するために勝利という結果が必要だからだ。 「勝つことは大事ですよ。勝てば勝つほどアピールの場が増えて、結果的にドラフトの順位も上がるし、社会人のチームにも行きやすくなる。でも、そのために選手を壊すなんて本末転倒もいいところじゃないですか」 取材をしてわかったことがある。安田は実益をもたらさない“建前”を嫌う指導者だ。そして、徹底したリアリストでありながら、すべてを野球に捧げることができるロマンチストでもある。だからこそ、6選手がドラフト指名されるという明確な結果を残すことができた。 11月22日、神宮球場。富士大は明治神宮大会の初戦(2回戦)で、創価大に0対3で敗れた。 エースの佐藤が4回を投げて3失点。オリックス1位の麦谷祐介は4打数無安打、広島4位の渡邉悠斗は4打数1安打、巨人育成1位の坂本達也は3打数無安打と、ベスト4に終わった昨年に続き優勝には手が届かなかった。 悔しくないわけがない。それでも、選手たちが必要以上に肩を落とすことはないだろう。卒業する世代にも、それに続こうとする後輩たちにも、「ゴールはここではない」という意識が共有されているからだ。
周りは「たまたまだ」と…でも「ここがピークじゃない」
安田が楽しげに語っていた「これからの話」を思い出す。 「いまの1年生、もっといいですよ。持っているものだけなら今年のドラフトにかかった世代よりもいい。期待通りに伸びるかどうかはわかりませんけど、結果が出たことで僕の話に信憑性が生まれて、より意識が高くなる気がします。 周りはたまたまだと思っているかもしれないけど、ここがピークじゃない。そもそも4年生が入ってきたときにも『6、7人はプロに行ける』って言ったんですよ。そのときは誰も信じてなかったですけどね」 この冬も、白銀のグラウンドに隣接した屋内練習場で、次のドラフト候補たちが黙々と汗を流している。
(「大学野球PRESS」曹宇鉉 = 文)
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