【今月おすすめの本】朝井リョウ『生殖記』他3編
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Navigator:石井絵里さん ライター 毎夏の憂いのもと・夏バテからようやく復活。来年の猛暑に備え、ピラティスで基礎体力を作ってます。
『生殖記』 朝井リョウ ¥1870/小学館
▶ヒトと社会が持つズレ。朝井リョウの最新小説は人間への解像度が上がる あなたは“みんなで重たいものを動かして、目的地まで運ぶ”となったときに、どうしますか? 私、ライター石井は、身長150センチ、体力よわよわ。すべてを人力に頼る時代に生きてたら、使えなさそうなスペックです。とはいえ、できる限り力を入れ、自分や周りがケガしないか注意喚起しつつ、協力的に移動させる気がします。 さて、ここで取り上げるのが、小説『生殖記』の主人公・尚成(しょうせい)(32歳・身長173センチ)の場合。彼は、重たいものを複数人で運ぶようなときは、“そっと手を添えるだけ”が信条。力を込めず、心を込めず。誰かの指示には逆らわない。自分に対しても、仕事の仕方も人づきあいも同じ。なぜ彼は、主体性を持たないのか? 尚成をよく知る“語り手”が、生態を描写していきます。 実は子どもの頃から同性愛者の自覚があった尚成。そのことで家族や学校といった共同体から、何度も排除されそうに。生まれ持った自分と、共同体で望まれる姿とのギャップに悩み続けた彼は、“その場に溶け込む”処世術と、“静かに生を全うする”人生観を体得したのでした。そして同性との恋愛や結婚、子どもを持つことも、脳内の関心事から削除。かつて自分を追い詰めた共同体をよりよくするなんてもってのほか。とはいえ尚成の同僚で大輔&樹(いつき)という男女のカップルが、交際の行方に頭を悩ませたり、社会に対して意識の高い後輩の颯(そう)が、働き方を模索する姿を目の当たりにしたりする中、虚無感に襲われるように――。 家庭、会社、もっと引くと、地球……? 共同体の中で、多数派とされる流れに、乗れないのは苦しいもの。そして多数派が少数派を認めるという、傲慢な寛容さに屈することなく生きる最適解とは? いや、そもそも多数派って、本当に“多数”なのか? 尚成の思考、そして彼の周りにいる人たちの行動を追うほど、人間や社会への解像度が上がりそう。そしてラストまでたどり着いたときに、ヒトという生物が持つ可能性に、「悪くない」と思わせてくれるかも。