「私の取材が差別を生むのか」偏見の先に見えたデカセギ外国人2世の生き方
横8列、縦15個のマス目が並ぶ、漢字の書き取り帳には、「上」や「土」という簡単な漢字が並んでいる。彼女の右手にはディズニーキャラクターのシャーペン、左手には消しゴムが握られている。3列目の「夕」という漢字を書こうとして、首をかしげた。ペン先は、ノートのマス目に向かっているが、一向に筆が進まない。 彼女の様子に気づいて、講師を務めるボランティアの大学生が近づいて来た。田中カルビン琢問さん、19歳。静岡文化芸術大学の2年生だ。女子生徒が早口のポルトガル語でなにかを訴えている。ジーンズに白いポロシャツを着た田中さんが、流ちょうなポルトガル語で、説明をはじめた。時折「カタカナ」や「漢字」という単語が聞こえてくる。女子生徒は納得したように何度か頷き、再び一人で漢字の書き写しをはじめた。 見た目では分からなかったが、田中さん自身が、日系ブラジル人定住者として、3人の弟と母親と共に暮らしている。日本で生まれ、小学校二年生の時にブラジルに一家で帰国。それが初めてのブラジル滞在だった。しかし、現地になじめず2年間、弟と共に「日本に戻りたい」と訴え続けて、小学校4年生の時に再来日している。その後、磐田市の中学校、高校を経て大学に進学した。 田中さんはさきほどの女子生徒について、「彼女は、ブラジルで生まれて、8歳で来日し、そのあと日本にあるブラジル系の私塾に通っていました。日常でもポルトガル語で生活していたので、あまり日本語が話せません。10歳になって地元の小学校4年生に編入したけど、授業について行けないようです」と話してくれた。現在この女子生徒は、地元の神明中学に進学している。全校生徒数380人のうちでは、9.6%が日系ブラジル人で占められているため、彼女のような日本語が不得意な生徒に向けて「取り出し授業」と呼ばれる少人数の補習授業が設けられているという。 田中さんは、先ほどの女生徒についてこうも付け加えた。 「以前はもうすこし日本語の習得にも意欲的だったんですが、最近はポルトガル語の通じる日系ブラジル人の子とばかり遊んでいるようです。日本語の授業について行けなくなり、やる気をなくしているのかもしれません。あきらめずに、がんばって欲しいのですが……」