「再婚と同時に3人の子と家族関係に」小泉里子が考えるステップファミリーとしての幸せと「終わりが見えない」不妊治療による出産と卒業まで
── 小泉さん自身、再婚と同時に3人の子の母になるということを、どのように感じていましたか? 小泉さん:私は5人きょうだいの長女として育ったからか、にぎやかな雰囲気が好きだったので、将来は「多く子どもを産みたい」と考えていて。だから、その夢がステップファミリーという形で実現できたことを素直に「うれしい」と感じました。
■不妊治療を経て第一子を出産「終わりが見えない」 ── 再婚を決めてすぐに不妊治療を始めたそうですが、その理由について教えてください。
小泉さん:30代前半のころから「子どもができにくいかも」と感じていました。再婚と子どもを視野に入れ始めたのが30代後半だったので、「不妊治療が最短」と考えて治療をスタート。当時は『Domani』の表紙モデルの仕事もありましたが、編集長に治療のことを話したところ、協力体制をつくってくれたのはありがたかったです。 ── 不妊治療ではどんなところに大変さを感じましたか? 小泉さん:「いつまで」という終わりが見えないことがきつかったですね。息子を授かるまで3年くらいかかりましたが、特にコロナ禍はいろいろと制限がかかってしまい、通院することも大変でした。
── 39歳で第一子を出産したとき、子どもたちの反応はいかがでしたか? 小泉さん:すごく喜んでくれました。「きょうだいができると思っていなかったから、弟が生まれてうれしい」と手紙をもらって。愛情が伝わっているからか、息子もお兄ちゃん、お姉ちゃんのことが大好き。今後もきょうだい仲よく、支え合える環境をつくってあげたいなと思っています。 ── 第二子のための不妊治療にも取り組まれたそうですね。 小泉さん:ドバイから日本に一時帰国したタイミングで、以前お世話になっていた病院に通って治療していました。約2年間通いましたが、なかなかいい結果が出ず…。「今回の治療でダメだったら終わりにしようかな」と考えていたときに、病院が合併することと、夫がポルトガルに移住するということが決まりました。そのころ「もういいかな」と自然に思えるようになって、不妊治療をやめようと決断したんです。いろいろなタイミングが重なったこともあり、すっきりとやめられたと感じています。