「やぶれかぶれ」男性と「ちんまり」女性…60代が抱える欲望の「決定的な男女差」
弾ける気まんまんの男性、身の丈志向の女性
男性向けの60代本から漂いがちなのは、やぶれかぶれ感である。多種多様な老い本を書いている精神科医の和田秀樹は、『60歳からはやりたい放題』(2022年)を。島耕作という老けゆくヒーローを育てた経験を生かして男性向け老い本を書いている弘兼憲史は、『弘兼流 60歳からの手ぶら人生』(2016年)『弘兼流 60歳から、好きに生きてみないか』(2022年)を。やはり老い本の名手である医師の鎌田實は、『60歳からの「忘れる力」』(2023年)を刊行している。 それらの本から漂うのは、嫌なことからは離れ、何ものにも縛られずに自由に生きようではないか、というメッセージ。今の前期高齢者世代の場合は、男性が外で働いて女性は家事を担う夫婦が多く、男性は現役時代、仕事に縛られていた。それだけに定年ショックを強く受けがちということで、そのショックを忘れさせるために、 「今までのことはいったん忘れて、何でもアリだと思ってこれからは生きていこうや」 と語りかけるのが、男性向け60代本である。 男性が弾ける気まんまんなのに対して、60代女性に向けた本は「ちんまりと生活を楽しみましょう」的なものが多い。詩人で文筆家の銀色夏生は『60歳、女、ひとり、疲れないごはん』(2022年)において、「ここまで生きてくると、もうこれからは自分の好きなものを、好きな量だけ、気楽に食べたい」ということで、自身のシンプルな食卓風景を写真で紹介している。 エッセイストの岸本葉子は、『60歳、ひとりを楽しむ準備 人生を大切に生きる53のヒント』(2022年)『60代、かろやかに暮らす』(2023年)を。宝島社は「60歳すぎたらやめて幸せになれる100のこと」(2021年)や「60歳すぎたらひとりを愉しむ100のこと」(2023年)といったムック本を。……等々、60代女性向けの本の多くは、生活に言及している。それも、生活をもっと小さく、シンプルに削ぎ落としていきましょう、というメッセージが込められた本が多いのだ。 仕事には定年や引退があるが、人が生きている限り、家事は必ずついてくる。女性が負担しがちな家事であるからこそ、定年年齢がやってきたなら、無理をして背負い続けずに家事もまた縮小していこうではないか、という提案がそこには込められている。 これは60代向けの本に限ったことではないのだが、男性向けのハウツー系老い本は、「何のこれしき!」「まだまだこんなもんじゃない!」という姿勢が漏れ出る発奮拡大系が多いのに対して、女性向けの本は、「身の丈(たけ)に合った幸福を楽しみましょう」という恬淡(てんたん)縮小系が多い。 では実際は、とシニア世代を見てみると、女性は友人と一緒にお稽古事に夢中になったり旅行へ出かけまくったり、娘と一緒に推し活に没頭したりと、ギンギンの生活をしているケースが多い。対して男性は、望んだわけではないのに結果的に、草むしりと犬の散歩が日課といった日々を送る人が目立つ。 そう考えると老い本の役割とは、実像とは反対の方向へとシニア達を誘うことなのかもしれない。やりたい放題したいけれどお金はないし仲間もいないし、とついシンプルライフを送ってしまう60代男性が和田秀樹や弘兼憲史の本を読み、「いつかは自分も」と発奮するのではないか。 また、物欲等から解き放たれた恬淡とした生活に憧れているのに、まだまだ様々な欲望の虜(とりこ)となって日々をガチャガチャと生きてしまう60代女性がシンプルシニアライフの本を読み、「こういう暮らしもいいわね」などと思うのかもしれない。 * 酒井順子『老いを読む 老いを書く』(講談社現代新書)は、「老後資金」「定年クライシス」「人生百年」「一人暮らし」「移住」などさまざまな角度から、老後の不安や欲望を詰め込んだ「老い本」を鮮やかに読み解いていきます。 先人・達人は老境をいかに乗り切ったか?
酒井 順子