「富江」フィギュア、夢のコラボ 伊藤潤二&造形作家・藤本圭紀
【&w連載】晴れときどき展覧会
美しくもおぞましい異形の世界を40年近く描き続けてきた、漫画家の伊藤潤二さん。東京の世田谷文学館を皮切りに開幕した大規模な個展「伊藤潤二展 誘惑」が、兵庫県伊丹市の市立伊丹ミュージアムに巡回しています。中でも注目は、1987年のデビュー以来、描き続けている「富江」シリーズの作品群。絶世の美女である「富江」の周りで巻き起こる、恐ろしい事件の数々を描いた代表作です。本展では、伊藤さんがかねてよりのファンという造形作家・藤本圭紀さんが「富江」のフィギュアを制作する、夢のコラボレーションが実現。千葉県八千代市の藤本さんのアトリエで、互いに尊敬しあう2人のアーティストに、こだわり抜いた造形の裏側を聞きました。(文・写真 小川奈々) 【画像】もっと写真を見る(6枚)
「黄金比の顔立ち、独善キャラ体現」伊藤さん太鼓判
――本展では、「富江」のフィギュアが特別に制作されました。藤本さんが造形した原型を伊藤さんが監修し、イラストも描き下ろしています。それぞれ、どんなところをこだわりましたか。 藤本さん フィギュアといえども生きているような存在感のある、次の動きが想像できるような立体物を心掛けました。伊藤先生は、人体をすごく大事にしていらっしゃるという印象がありましたし、首の付き方など、人体として自然な付き方を大事にされている。富江の今回のフィギュアは、伊藤先生に直接ご意見を伺って横顔のラインや首の姿勢などについて的確な意見をいただくことができました。そのおかげでより良い富江になったと思います。 伊藤さん 藤本さんが作るということで、全然不安はありませんでした。サンプルで出来上がったものを拝見しても想像以上の出来でしたし、顔に黄金比というものがあるとすれば、黄金比の顔立ちになっている。スタイルも非常に良くて、動きのあるポーズは素晴らしく、こちらからは何も言うことがなかったです。 それと富江はバラバラにされて増えちゃうんですけど、増えた他の富江の存在を許すことができないという、非常に独善的なキャラクターです。自分以外の富江を踏みつけながら優雅に歩いているというポーズは、富江の本質を表しているなと思いました。 ――お二人はお互いの作品のファンだそうですね。 伊藤さん リドリー・スコット監督の映画「エイリアン」が好きでして、藤本さんがお作りになった精巧なフィギュアをいくつか持っています。対象物を非常に正確に立体に落とし込む、その再現力のすばらしさに驚きましたね。オリジナルで制作されている女性のフィギュアもそれぞれのポーズにきちんと重心があり、愛らしい少女の表情や美しいボディーラインも魅力的です。 藤本さん 伊藤先生の作品からは、凜(りん)とした線から少しずつ作り上げられていくような、彫刻家にも似た造形的な印象を受けます。僕自身少しずつ少しずつ造形していくタイプなので、ついつい一方的な共感を抱いてしまいます。静かなペンの音と粘土を削るナイフの音は本質的には同じなのかもしれません。 ――「フィギュア造作」と「漫画」という異なるジャンルでご活躍されるアーティストのお二人ですが、藤本さんのアトリエを見学した際に意見を交わされていたのが印象的でした。共感するポイントも多かったのでしょうか。 伊藤さん (アトリエでのデジタル作業を見ながら)私も今はアナログからデジタルに変えて漫画を描いていますが、たまに必要があってアナログで描くとき、Gペンでの作画が意外と上手に出来るようになったんです。思いもしなかった線が描けるようになったというか。今回の描き下ろしイラストは、デジタルで描いています。フィギュアの美しさを、うまく描けているといいのですが。ただ、デジタルだと作業にきりがないんですよね。アナログだと諦めがつく。(笑) 藤本さん 分かります! 伊藤さん その点、今回は作っていただいたものを見て監修するので、ただ楽しかったですね。漫画を描くのは大変ですから、そのときも編集さんに「この方がいい」と言ってもらえると「ああ、そうだな」って思えるので。第三者の意見はかなりためになります。 藤本さん そうですね。自分にない引き出しが増えて、驚きや気づきがありますね。手癖だけだと自分の中で固まってしまうことがありますから。特に今回は先生ご自身に監修いただけて、本当に素晴らしい経験でした。