『ミッシング』吉田恵輔監督 フィルモグラフィを通じて言いたいことを埋めていく【Director’s Interview Vol.404】
小ネタのさじ加減
Q:吉田作品といえば、思わぬところで笑いを放り込んできたり、小ネタを忍ばせたりするのが定番ですけど、今回は、そういうネタを散りばめつつも、一切笑いのために使ってなくないですか? 吉田:うん。今回がアート寄りってわけじゃないんだけど、いつものギャグの流れではありつつも、コメディではないっていうか、うまく色を塗って笑えないようにしました。本当は小ネタを入れようとは思ってなかったんですよ。ただガマンできなかった。ガマンできなくて、つい書いちゃうの(笑)。いわゆるコメディ的な部分については、「これ面白いぞ!」って思いながら書いてる気持ちよさ、射精感みたいなものはいつもと同じなんですよ。でもこの映画では、もし隣の席のヤツが「ワッハッハ」って笑ったら、お客さんが「なんだコイツ!」って思ってくれるといいなあって。 Q:そのさじ加減がこれまでと違うといいますか、まさに吉田監督のネクストステージだと思ったんです。 吉田:やっぱりこういう話だと、本当にお子さんが見つからない親御さんがいる可能性を考えるというか、例えば「3.11の津波で亡くなりました」という設定でふざけるのはだいぶよくないじゃないですか。それとちょっと近いというか、変なギャグをぶっこむわけにいかない。でも日常ってそういうことがたくさんあると思うんだよね。だから上手いこと忍ばせないと。 Q:そうやって画面に忍ばせたのが、序盤にしれっと出てくるオリジナルの富士山のゆるキャラってことでいいですか。 吉田:あれは俺じゃないよ! 美術さんが作ってくれたの。「なんかマスコット作ります?」っていうから俺は「じゃあ作ろうよ」って言っただけで。 Q:でも「じゃあ作ろうよ」って言って、できたものにOKを出して、画面の中に置いて撮ってるのは監督なわけですよね。 吉田:だけど、アレはあるもん! どこのテレビ局だってマスコットはいるもの!(笑) でもそういうギリのところで、一個、編集段階でカットしたのがあるんです。食べ物屋で中村(倫也)さんと(細川)岳くんが喋ってるシーンがあって、中村さん演じるテレビマンの砂田が「そうか、俺って美羽ちゃんが見つかると思ってないんだ……」って気づいてしまう。あそこで店員が「お待たせしました」ってかき揚げ丼持ってくるんだけど、そのかき揚げがビックリするほどデカいの。それで岳くんが「でっけえ」って言うんだけど、マジで「バカなの?」っていうくらいデカいの。 でもこっちが仕込んだんじゃなくて、そういう店なんですよ。撮影に使ったのが実際にそういう店なんだけど、さすがに不謹慎だなと思ってやめました。撮ってはみたものの、ちょっと邪魔すぎてシーンが台無しになる。真面目な砂田が考え込んでるところに、かき揚げがとんでもない高さの山盛りになってて、もう目がおかしくなるんです(笑)。 Q:じゃあ『ミッシング』は「あの吉田監督が山盛りのかき揚げを出せなかったくらいの映画」ってことですね(笑) 吉田:そうそう。いつもなら絶対に見せてるから。そんなかき揚げが出てきたら、かき揚げナメで撮ってるよ! 監督/脚本:吉田恵輔 1975年生まれ、埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作する傍ら、塚本晋也監督作品の 照明を担当。2006年、自主制作映画『なま夏』(06)で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門のグランプリを受賞。同年、『机のなかみ』で長編映画監督デビュー。2008年に小説「純喫茶磯辺」を発表し、自らの手で映画化。2021年公開の『BLUE/ブルー』、『空白』で、2021年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第34回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞で監督賞を受賞。『空白』は、第76回毎日映画コンクール・脚本賞、第43回ヨコハマ映画祭で作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞と4冠に輝いた。『さんかく』(10)、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)、『麦子さんと』(13)、『犬猿』(18)、『神は見返りを求める』(22)などオリジナル脚本の作品を数多く手がけるほか、人気漫画を原作とした『銀の匙 Silver Spoon』(14)、『ヒメアノ~ル』(16)、『愛しのアイリーン』(18)などの話題作も監督している。 取材・文: 村山章 1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。 『ミッシング』 5月17日(金)全国公開 配給:ワーナーブラザース映画 ©︎2024「missing」Film Partners
村山章
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