『ミッシング』吉田恵輔監督 フィルモグラフィを通じて言いたいことを埋めていく【Director’s Interview Vol.404】
吉田恵輔と石原さとみ、まるで下町と港区(笑)
Q:吉田監督が描く登場人物には、どうしようもない人だけど愛嬌あるんだよなっていう絶妙なバランス感覚があると思うんですが、今回の沙織里役は本当に張り詰めていて、観客側としても愛嬌を感じる余裕があまりない。これは監督の狙いなのか、それとも石原さんの演技によるものだったんでしょうか? 吉田:俺の想定では、映画が始まって40分くらいは、お客さんはみんな沙織里のことが嫌いになるだろうなと思ってたんです。ずっとキーキーギャーギャー怒ってるんで、それを面白がる人はいるとしても、感情移入するとか、好きになって応援しようとかいう人はいないだろうなと。 でもそこから取り返す予定だったというか、後半のロングインタビューのシーンとかが始まればお客さんも「そりゃ辛いよねお母さんは」ってなって、だんだん同情票が集まってくるという計算のもとで書いてるわけです、一応は。でも石原さんに実際にやってもらったら、パワーがスゴいから「コレは余計に嫌いになるな!」って思って(笑)。 スケジュール的にも最初の方にキーキー言ってるところばっかり撮影してたから、「この時点で俺もすげえ嫌いなんだけど……」とか思うとだんだん不安になってきて(笑)。でも物語の後半とかの一番いいシーンはラストの方に撮ってるから、その頃になると「ああよかった、取り返してきたぞ!」みたいな感じでした。 『空白』でも、古田さんの傍若無人なパワハラ夫みたいなキャラは苦手な人は本当に苦手なんだろうけど、そうはいっても古田さんってどっかコメディアン的なところがある。フォルムもそうだし、ただ「気持ち悪い、怖い」っていうより、ちょっと許されるところがあるキャラな気がするんですよね。石原さんの沙織里にはそこの可愛げがないっていうか……。 Q:石原さとみさんに対して「可愛げがない」っていうのも、いろいろ価値観がひっくり返る感じがして面白いですけど(笑)。 吉田:石原さんくらいキレイすぎるというか、この手のタイプの人がギャーギャー言うと性格悪く見えるんですよね。途中までは、「だけど大丈夫! こっから取り返せる、はずだ!」って自分に言い聞かせながら撮ってました。あとは石原さんがどこまで表現で母性を出せるかが勝負だなって思ってたら、俺はまんまと現場でその母性に泣いたので、「うん、なんかよかった!」ってなりました(笑)。 Q:吉田監督はこれまで、一旦キャスティングしたらお芝居はわりと演者にお任せしつつ、シーン自体はあらかじめ想定していた感じに収めるようなアプローチをされてきたと思うんですけど。 吉田:そうですね。この枠の中では、役者がどんな暴れ方をしても、右に行こうが左に行こうが大丈夫っていうのはありました。でも今回は、特に撮影の序盤は「このテンションで合ってるんだっけ?」っていう不安が今までで一番ありました。 Q:それは石原さんが予想外の演技をしてくるから? 吉田:それはやっぱり大きいです。あと結構勝負だったのは、娘の美羽を描いてないこと。美羽がいなくなる前の、石原さんとの親子のシーンがもっとあったら沙織里のことももっと好きになれるはずなんだけど、沙織里って映画の出だしからキレてる人なわけですよ。 でも美羽がいなくなるまでの日々を最初にやっちゃうと、みんなの偏見に繋がらないんです。偏見ってまず嫌いになるところからだから。観客を、劇中でSNSで叩いてる人たちと同じ状況に置きたかったんですよね。 もちろん「沙織里が最後まで嫌われるのはイヤだ!」っていう怖さはありましたけど、そこまでしないといけない必要もあったというか。石原さんってたくさんCMやってたり好感度ランキングも高い人だから、「ウゼえなこいつ」とまで思わせるには結構な勝負していかないと、やっぱり偽物に見えちゃうんですよね。 Q:石原さんについては、そもそも向こうから出たいという話がなかったらキャスティングしなかったと仰ってましたよね。 吉田:だって、俺と石原さとみって聞いたらみんな「えぇ?」って思いません? なんかスベりそうな匂いしかしない。こっちは下町で向こうは港区みたいな(笑)。でも映画を観たら、別に大丈夫だと思ってもらえるとは思うけど。 Q:監督も最初は「大丈夫かな?」って思ってた? 吉田:いや、「大丈夫かな?」は結構ずっと思ってたよ(笑)。 Q:何が一番心配だったんですか? 吉田:石原さんが結構な肩の振りまわっしっぷりで現場にやってきて、その場で「何でもやります!」って言ってくれるんだけど、同時に「正解はわかりません!」とも言ってるんですよ(笑)。 役者って、物語のゴールを見据えて「今はこれくらいに抑えておこう」みたいに逆算した芝居ができる人が結構いるじゃないですか。「このシーンではこういうアプローチを入れてみよう」とか。石原さんはそれがゼンッゼンないというか、一切勝算がないの。さっきも言ったように、最後は沙織里の母性に持っていって観客みんながこの人たちの幸せを願うようにならなきゃいけないんだけど、「そういう変化までをちゃんとコントロールできるのかなあ、俺も君も」っていう不安が一番ありました。 それに今までは主役とほぼ喋ってなかった。『空白』の古田新太さんとも、役についてなんてひと言も喋ってない。衣装合わせで初めて会って「古田さん、なにかありますか?」って聞いたら「なんにもないです」っていうから、「あ、こちらもないです」って(笑)。台本持ってきてこのシーンはああだこうだ言ってくるタイプは基本苦手だし、もしかしたら俺からそういう空気を出してるのもあるのかも知れないですけど、あんま俺に言ってこないんですよ、みんな。 Q:でも今回の石原さんは違った? 吉田:今回はもうとんでもないです! 助監督が、台本を持ってずっと役者の横にいる俺を見て「珍しい!」って驚いてたもん。「カット」って言った後、またすぐ台本持って石原さんの横に行ってずっと話してる。そんなのあまり見かける風景じゃないですから。 Q:じゃあ今回はいつもより時間もかかったんでしょうか? 吉田:ぜんぜんかかってます。でもそれは最初から言ってましたね。「時間かかるぞ、今回は」って。 『空白』の時に、葬式のシーンで片岡礼子さんがひとりだけ10何テイクかかったことがあったんです。片岡さんも、衣装合わせのときから肩振り回して「やるわ!」みたいな人で、でも同時に「こわい!」みたいな、石原さんとまったく同じタイプで。自分でわかっていたことだけど、今回はそれとまったく同じタイプの人間が主役だから、「あぁ、あの時の片岡礼子さんをずっと撮るんだ……」とは思ってました(笑)。 俺は答えは脚本に書いてるつもりなんで、いつもは上手い人たちがちゃんと正解をわかって演じるものを、どの角度から切り取って、編集して、ミキサーで音量の強弱を調整するように芝居のトーンを調整するかみたいな作業なんですよ。だから芝居のやり方に間違ってるとかはなくて、ただ「トーンだけ合わせてね」ってやり方でずっとやってきたところに、石原さんはオーケストラなのに「ところで私の楽器はどれですか!?」って言ってくる感じで(笑)。 でもやっぱり、「さすがは石原さとみ」って思ったんですよ。「わかんないわかんない!」って迷いまくった結果、ちゃんとスゴイものを見せてくれる。それはもちろん今までの技術や才能があった上でなんだけど、自分でコントロールできなくても、やっぱり人の心を動かすものを出してくる。今回は一緒に手探りで何かを作っていく、すごくクリエイティブな時間だった気がするし、監督という職業としては今までで一番面白かったし、一番濃かったですね。
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