『ミッシング』吉田恵輔監督 フィルモグラフィを通じて言いたいことを埋めていく【Director’s Interview Vol.404】
ゴールは成り行きまかせ
Q:監督の中で優しさの分量が増してきてませんか? それとも今回はあまりにも登場人物をひどい目にあわせたから、優しさでバランスを取ろうとしています? 吉田:でも俺は最初っから、ずっと愛を描いているつもりではあるんですよ。もちろん現実の辛さを見せようってところもあるんだけど、でも一番は「人って捨てたもんじゃないよな」って思ってる。ただ愛は描きたいんだけど、俺の作り方だと相当な地獄を見せてからじゃないと、俺自身がその愛を実感できないんですよね。 例えば男女が「愛してる」っていう言葉を使うには、死にかけるくらいの状況まで追い込まないと言っちゃいけないというか、それでしかあんまり本当だと思えない。だからどんどんどんどん追い込んじゃう。まあ、そこまで追い込まなくても愛は見えるはずなんだけど(笑)、たぶん、相当な地獄を見ないと俺は泣けないんだよなあ。 Q:前作の『神は見返りを求める』は一見コミカルですけど、観る人によってはすごく不安になるような不穏さがあって、今回は相当酷い状況を描いているのに、かなり優しさが感じられる作品になっていると思うんです。 吉田:『神は見返りを求める』は“ゆりちゃん”が火傷しちゃったりしたけど、現実でいうと『ミッシング』の方がキツい。ムロ(ツヨシ)さんも背中刺されちゃったりしたけど、でも大したダメージではないじゃんって話ですよね。でも確かになんか後味は悪い(笑)。でもこっちは後味はいい。途中は地獄ですけど。『空白』も結構、後味はいい。 Q:ですよね。作品の後味がどっちに振れるかっていうのは、監督にとってあまり重要じゃないのかも知れないと思ったんです。 吉田:うん、あまり重要じゃないですねえ。結果的にそうなるっていうか。『ヒメアノ~ル』(16)もわりと後味よく終わってると思うんですね。「最後泣いた」とか書いてある感想も読むんだけど、最初に書いた脚本はすごくぞっとするような終わり方でした。そういう話を書いたけど、なんかちょっと終わり方を変えたいなって思って、感動ではないけど、なんかキュンってする方に持っていったんです。 明確な終わりを決めて書き始めるっていうことはあんまりないですね。「これはこういう物語にするんだ!」っていうものも、ないといえばない。成り行きまかせといえば成り行きまかせなのかもしれないです。 『空白』なんか、ゴールが決まらずにどうしようどうしようってずっと考えてた記憶がありますもん。ほとんど書き終わったのにラストシーンだけ見つからなくて、「そもそもこれはどんな物語だっけ?」っていうのを最後の最後でやっと見つけた気がする。『ミッシング』も相当四苦八苦しましたけどね。うん、相当四苦八苦したなあ(笑)。 Q:撮影中に脚本を変えたりすることはあるんですか? 吉田:いや、脚本は撮影前には決まってるんだけど、今回は石原(さとみ)さんがやるって言ってから2年くらい時間が経って、その間に石原さんには子どもが生まれて、俺もその間に脚本を直したくなっちゃった。だから石原さんに、2年近く経ってから書き直した本を見せたら「だいぶ変わりましたね」って言われました。 最初の頃は古田新太さんとかも登場してたし、藤原季節くんとかとも繋がった話だったし。あと沙織里が推しのライブに行ってなかった。本人に責任がないというか、子どもが失踪したときは仕事をしてたことになってたんです。 でもそれだと沙織里がずっと怒ってる人になっちゃうというか、怒ってるだけのお芝居をずっと見てたら飽きそうだなって思っちゃった。本人は怒っていながらも、「でもライブ行ってた私もアレなんですけど」っていうような何かがないと。旦那にしても「お前ライブ行ってたじゃん!」みたいな気持ちが、2人の間のちょっとした弊害になっていたほうがいいと思って、そこは結構大きく変えちゃいましたね。
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