進行がんを治療する人工抗体の合成に成功 ── 実用化に向けベンチャー設立へ
コンピューターシミュレーションを駆使した創薬に取り組む東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授が、がんを正確に特定するタンパク質と薬を運ぶ低分子化合物の設計と合成に成功し、2月18日に特許を出願しました。特に転移したがんの治療に役立つと期待されており、春には「サヴィット セラピューティック」というベンチャー企業を設立して実用化実験に乗り出します。この成果は28日に東京・新宿ベルサール新宿グランドで開かれる「FIRST EXPO2014」で報告されます。
がん細胞を狙い撃ちして副作用のないがん治療を
がんの治療にはいろいろな方法がありますが、一般的な抗がん剤を使った治療は、がん細胞だけでなく正常な細胞にも影響を与え副作用が出てしまいます。しかし、がん細胞だけを狙って治療できれば、副作用は少なくすみます。そこで抗体を使ったがん治療が注目されています。 抗体というのは、人の体に入った異物を退治するために、免疫が作り出す物質(タンパク質)のことです。がんの抗体は、がん細胞にくっつく性質があります。その性質を利用し、薬を載せた抗体を患者に注射することで、がん細胞に薬を直接届けて治療するのが、抗体によるがん治療です。しかし、従来のこの方法だと、がん細胞に集まらなかった抗体は、体の外に出るまでの間、薬の影響で正常な細胞にも悪い影響を与えてしまうという問題がありました。
パーソナライズ医療に道を拓く「プレターゲッティング治療」
そこで児玉教授は、まず、(1)がん細胞の位置を特定すること、次に(2)特定したがん細胞に薬を送り込んで治療する──という二段階の方法を実現する人工抗体の設計に着手しました。がんの位置を特定するのが、「キューピット」というコードネームで呼ばれるタンパク質。薬を運んで治療する役割を担うのが「プシケー」という、同じくコードネームで呼ばれる低分子化合物です。児玉教授は、この関係について「互いがダンシングパートナーを探すようなもの」と表現しています。 位置を正確に把握することで、がん細胞だけを狙って治療できるようになります。がんの位置を「特定して」「治療する」。この方法を「プレターゲッティング治療」と呼んでいます。 「プレターゲッティング治療」は、まず全身のがん細胞を正確に把握することからスタートします。人工的に作られた抗体である「キューピット」を患者に注入すると、がんの部分に「キューピット」が集中します。がんに集積しなかった「キューピット」は尿などとして排出されるので、1週間ほどすると、がん細胞の部位が正確に把握できるようになります。 次に「プシケー」の出番です。「プシケー」は抗がん剤以外にも、アイソトープという放射性医薬品を運ばせることができます。これによって必要な細胞にだけ必要な治療ができるので、薬による副作用や被ばく量を抑えることができるようにもなります。医師は、苦痛が最も少なく、効果の大きい治療法を選ぶことができるわけです。この治療法が実現すると、「薬の効果と副作用を事前に予測する『コンパニオン診断』やパーソナライズ医療に道を拓くことになる」と児玉教授は話します。