日本を破綻に導く「英国病」の再来か?平均賃上げ率5%超えも手放しで喜べないワケ
この見方からすれば、5%を超える賃上げは過剰だ。もっとも、「これまでは、実質賃金が低下した。これは、生産された付加価値のうち、不当に大きな部分が企業利益に回された結果だ。それをいま賃金が挽回している」という解釈はありうる。 そのように考えてもなお残る問題は、賃金上昇が販売価格に転嫁されることだ。それは、取引の各段階で次々に販売価格を引き上げ、最終的には消費者物価を引き上げる。 ここには2つの問題がある。第一に、転嫁は企業間の力関係によって大きく左右される。大企業が中小零細企業に対して販売価格を引き上げるのは容易だが、中小零細企業が大企業に対して販売価格の引き上げを要求するのは、難しい。 製造業の場合、大企業の下請けが中小零細企業であるのは、ごく一般的だ。こうした場合に、下請けが賃上げ分を大企業に転嫁するのは、きわめて難しい。 ● 賃上げと物価上昇のスパイラルが イギリス経済を破綻寸前に追い込んだ したがって、中小零細企業における賃上げ率は、大企業に比べて低い水準になる可能性が高い。この問題は以前からあったものだが、賃上げ率が高くなった現状では、さらに大きな問題として浮かび上がる。
こうした状況を避けるために、下請けも含めた企業グループが、一体として賃上げ率を設定している場合もある。しかし、あらゆる中小零細企業が、こうしたネットワークによって救われるとは限らない。 その典型が介護だ。この分野は、以前から低賃金で、人手不足に悩まされている。2024年には介護報酬が引き上げられるが、改定率は1.59%に過ぎない。他業種との差は、いままでより拡大する。 賃上げが販売価格に転嫁されることの第二の問題は、賃上げが結局は消費者の負担になることだ。 それによって実質賃金が下落するので、生活水準を保つために、さらに賃上げが必要になる。こうして、賃金の上昇と物価の上昇の悪循環が生じる。 これは、きわめて恐ろしい病だ。1970年代初期の第1次オイルショックの際、多くの国がこのような状態に陥った。とくに顕著だったのがイギリスだ。労働組合の力が強く、原油価格高騰によって引き起こされた物価上昇が、賃金の上昇を加速して悪循環を引き起こし、イギリス経済は破綻の瀬戸際まで追い込まれた。