ルメールを背に美浦Ｗで併せたレーベンスティール（右）

◇獣医師記者・若原隆宏の「競馬は科学だ」 　エプソムＣ、オールカマーと連勝して天皇賞・秋では”挑戦者枠”として最も期待を集めそうなレーベンスティール。昨年暮れの香港ヴァーズへの遠征と、今春の新潟大賞典で大敗していたが、ルメールとのコンビで開眼したかにも映る。 　キャリアのターニングポイントを田中博師に聞くと、やはり昨年暮れの香港遠征だと言う。「状態にも自信を持って連れて行ったのですが、行ってから体調が伴わなくなってしまって」。到着してからスクミのために下降線をたどってしまったのだという。 　「スクミ」の詳細は当欄でも何度か紹介したことがある。筋色素尿。筋肉内で酸素を留め置くために働く色素ミオグロビンが、筋線維の部分的破壊によって血中に流れ出し、尿に混じって排出される。 　ミオグロビンは赤血球内で酸素を運搬する役割を果たすヘモグロビンと化学的に近縁な物質で、尿中に出てくると濃度によって褐色ないしは黒色に見える。重篤な症例では尿の色はちょっと考えられないレベルで、引くほど黒くなる。 　田中博厩舎では、同馬の香港遠征後、スクミに関して丁寧なケアをルーチンに取り入れるようになったという。「あれ以降、この馬だけでなく、学ばせていただくことが多かったですし、あの経験が生きて、どうすればよい状態に持っていけるのかが分かりました」と、トレーナーは言う。 　具体的な対処としては、定期的な採血による筋色素の監視がある。筋色素が尿中に出てくる前段階として、色素は血中に放出される。尿の色が見て分かる段階になってしまうと、筋線維の破壊は深刻なレベルまで進んでいる。血中の筋色素濃度でスクミに関する現状把握をしながら運動負荷をデザインすることで、深刻なレベルに足を突っ込んでしまわないようにコントロールしている。 　このほか、飼料管理によるケアも重要だ。筋線維が破壊されて起こる病態なので、破壊された筋線維の再生をうながさねばならない。組織再生には当然、筋線維材料となるアミノ酸、タンパク質が必要だ。必要に応じて高タンパク食に切り替え、回復をうながす。 　レーベンスティールの最終追いは美浦Ｗの１番時計だったが「オーバーワークにはならない」と陣営が言えるのも、そのあたりの加減が計算のうちだからだ。