「室井慎次」が黒澤明、イーストウッドから〝盗んだ〟もの 次に見るべき1本への道しるべ
「七人の侍」想起させるタカと杏の出会い
たとえば、「踊る」シリーズはたびたび黒澤明を参照してきた。「室井慎次 敗れざる者」にも黒澤映画を連想させるような具体的な場面がある。室井(柳葉敏郎)が里子として養育している高校生のタカ(斎藤潤)は、山の中に人影を見つけ、あとを追う。捕まえてみると、果たしてそれは自分と同年代の女の子だった【図1】。その後のシーンで、女の子の正体は日向真奈美(小泉今日子)の娘・日向杏(福本莉子)であることが判明する。
このシーンについて、ライムスターの宇多丸は「要するに『七人の侍』で勝四郎が志乃と出会う場面の、オマージュがやりたかっただけです。後ろの方でね、またぞろ黒澤明全集かなにかが並んでいて」と指摘している(注9)【図2】。
じっさい、劇中には「全集 黒澤明」が映り込む場面がある【図3】(注10)。映画の公式パンフレットもこの全集に言及しており「『踊る』第1作で『天国と地獄』の話をした青島の影響で室井が黒澤映画にハマったという裏設定」があることを明かしている。製作者が「踊る」シリーズと黒澤映画とのつながりを積極的に認めている証左である。
病に侵された主人公と「生きる」
「室井慎次 生き続ける者」では、胸に強い痛みを感じた室井が医者を受診し、狭心症の疑いを指摘される。それが死に至る病であるかどうかは必ずしも明らかにはされないが、もし室井が自分に先がないことを悟っていたのだとすれば、「生きる」(黒澤明監督、1952年)の主人公(志村喬)の姿に重なるし、最後に室井が打って出た無意味かつ無謀としか言いようのない行動にも一応の説明はつく。重篤な病に侵された主人公が生き方を迫られるという設定は劇場版第3作「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」(本広克行監督、2010年)でも採用されており、シリーズを通した自己引用と見ることもできる。その場合、勘違いで済ますことのできた劇場版の青島と最新作の室井の対比が際立つことになる。