USスチールは大気汚染企業だった:地元住民から日本製鉄には期待も
記事のポイント①日本製鉄のUSスチール買収計画は米国で政治的な争点となっている②USスチールの製造工場は、地元で大気汚染などの公害問題を起こしてきた③地元住民は当初、日鉄の買収で製鉄所がクリーン化・近代化されると期待した
日本製鉄によるUSスチールの買収計画は、米国大統領選を前に、政治的な争点となっている。米ペンシルベニア州にあるUSスチールの製造拠点の近くに住む住民は、長年、大気汚染などの公害問題で同社と闘ってきた。買収が報道された当初、地元住民は、日鉄による製鉄所のクリーン化・近代化の推進を期待した。(オルタナ副編集長=北村佳代子) 日本製鉄は2023年12月にUSスチールの買収を発表した。 しかし本買収案件に関して、バイデン大統領は2024年3月、「反対」の姿勢を表明した。 11月の米大統領選挙を控え、ドナルド・トランプ共和党候補、カマラ・ハリス民主党候補ともに、買収には「反対」の立場を表明し、民間企業によるこの買収は今、米国で政治問題に発展している。
■スピーチが触れないUSスチールの公害問題
USスチールの本社は米ペンシルバニア州ピッツバーグに位置する。 ペンシルバニア州は、米大統領選で民主党・共和党が拮抗する「スイングステート(激戦州)」だ。ここでの票が、米大統領選の行方を決めかねない。 ハリス氏、トランプ氏ともに、「USスチールは米国所有であるべき」と訴えるが、それが同州での票固めにつながるとの思惑があるからだ。 9月初めにハリス氏は、ピッツバーグで開かれた労働組合員向け集会で、次のように述べた。 「USスチールは歴史ある米国企業だ。米国にとって、強力な米国の鉄鋼企業を維持することは極めて重要だ。USスチールは米国資本で、米国人が経営する企業であり続けるべきであり、私は常に米国の鉄鋼労働者を支援していく」 ハリス氏は、トランプ氏とは対極の気候政策を取り、環境擁護論者だとも言われる。しかし彼女は、USスチールが環境に与えてきた影響には触れなかった。
■USスチールは大気汚染企業だった
ペンシルバニア州ピッツバーグは古くから「スモーキーシティ」として知られる。 1907年頃に詩人ミーダ・ローガンが残した詩がそれを物語る。 「ここは不快なピッツバーグ、煙の都市、ここでは空は思い出に過ぎず、太陽の光はジョーク、ここでは葉巻の香りが大気の香りとなる、だが、欠点があろうともこの場所を誰もが愛している」という内容だ。 そのピッツバーグが位置するペンシルベニア州アレゲニー郡で、大気汚染排出企業のトップがUSスチールのクレアトン・コーク工場(1901年開設)だ。クレアトン工場から約5キロ圏内には、36000人以上が住んでいる。 ペンシルバニア州の環境団体ペン・エンバイロメント・リサーチ&ポリシーセンターによると、同工場は2023年3月までの3年間、すべての四半期で大気浄化法に違反した。USスチール社は2018年以降、1000万ドル(約14億円)以上の罰金を科されている。 また2021年に報告された同施設からの有害大気汚染物質の放出量は、2019年と比較して重量で19%、毒性で13%増加した。毒性の増加は主に、硫化水素、ベンゼン、シアン化水素の放出によるものだ。 USスチールは、クレアトン工場と同じ同州西部のモンバレーで、エドガー・トムソン工場(1875年開設)、アイルヴィン工場(1938年開設)でも操業を続ける。 老朽化したこれら施設の風下に住む数千人の住民は、長年にわたり、工場から排出される汚染に苦しんできた。 アレゲニー郡保健局(ACHD)も長年、USスチールに対し、施設の改善と大気浄化法の遵守を約束するよう求めてきた。しかし違反は繰り返され、2018年にはACHD史上、最高額の罰金を同社に科した。 2018年12月にはクレアトン工場で火災が発生し、重要な排出制御装置が100日以上にわたって停止した。これにより、国の健康基準を複数回、超過する事態となり、ACHDは当時、モンバレー地域の住民に屋外活動を制限するよう警告せざるを得なくなった。 2019年6月と2022年7月にもクレアトン工場では火災と電気系統の故障が発生し、排出制御装置が停止した。2024年1月には、USスチールは2018年12月の火災をめぐる訴訟の和解金として、4200万ドル(約60億円)を支払うことに合意した。