不正競争防止法(虚偽表示等)の解釈論/米国司法省による企業内部告発者に報奨金を支払うパイロット・プログラムの運用開始
2 米国司法省による企業内部告発者に報奨金を支払うパイロット・プログラムの運用開始
執筆者:宮本 聡、安部 立飛 1 はじめに 米国司法省(United States Department of Justice)は、2024年8月1日、企業内部告発者に報奨金を支払う本パイロット・プログラム(Corporate Whistleblower Awards Pilot Program。以下「本パイロット・プログラム」といいます。)の運用の開始を正式に発表しました。本パイロット・プログラムは、今後3年間にわたり、米国司法省が、自身が所属する企業が関与する特定の企業犯罪に関して有用な情報を提供する内部告発者に対して、金銭的な報奨を与えることを認める取組みです※16。 ※16 Criminal Division | Criminal Division Corporate Whistleblower Awards Pilot Program 米国司法省は、本パイロット・プログラムの設計と実施状況を定期的に評価し、3年間のパイロット期間が終了した時点で、本プログラムの期間を延長するか又は何らかの点で変更するかを決定することとなっています。 本稿では、従前の経緯や関連制度、本パイロット・プログラムの概要を説明した上で、これが日本企業に与える影響についてコメントします。 2 経緯・関連制度 従前より、米国では、犯罪の行為者(被疑者・被告人)の捜査協力等を引き出すための制度・方法が多数設けられていました。その最たる例が、捜査協力合意(Agreements for Cooperation)であり(我が国では「捜査協力型の司法取引」と表現されることがあります。)、米国では連邦・州いずれのレベルでも採用されています※17。 ※17 我が国でも2018年に協議・合意制度(刑事訴訟法350条の2以下)が導入されていますが、その設計に当たり米国の捜査協力合意が参考にされています。 また、得られた証言を証人本人の訴追のために使用しない代わりに、自己負罪拒否特権を証人から強制的に剥奪する訴追免責(Immunity from Prosecution)もまた米国で広く採用されています。もっとも、これらの制度の多くは刑事当局(主に検察官)からの積極的な働きかけを前提とするものであり、被疑者・被告人においてイニシアチブを有するものではありませんでした。 一応、捜査協力合意については被疑者・被告人サイドから取引を持ち掛ける余地はありますが、取引は必ずしも成立するものではなく、仮に成立しなかった場合には交渉の過程で提供した情報や資料が自身の訴追のために利用されるリスクもあります(この点は実際我が国の協議・合意制度の導入に当たっても重要な検討事項となっていました。)。 そこで、米国政府は、自己又は他者の犯罪に関する証拠を有する者に対して、その自主的な協力を促すための諸施策を打ち出しています。その一例が、量刑ガイドライン(United States Sentencing Guidelines: USSG)※18です。量刑ガイドラインは、量刑の不均衡を解消することを目的として裁判所における量刑の目安を定めるものであり、犯罪の自主申告を量刑を減らす要素として明記しています※19。 ※18 USSG § 8C2.5(g). ※19 組織に対する量刑ガイドラインでは、犯罪が未だ政局に露見していない状況において、組織が自身の犯罪に気づいてから合理的に見て迅速といえる期間内に、当該犯罪を適切な当局に報告し、捜査に全面的に協力し、そして、その犯罪行為に対する責任の認識と積極的な受諾を明確に示した場合には、大きな減点(-5ポイント)を受け、また、犯罪が当局に露見した後であっても、組織が捜査に全面的に協力し、その犯罪行為に対する責任の認識と積極的な受諾を明確に示した場合には、相応の減点(-2ポイント)を受けるとされています。 なお、量刑ガイドラインを策定する米国量刑委員会(United States Sentencing Commission)が2022年に発表した統計では、組織犯罪者の54.6%は、捜査に全面的に協力し、犯罪行為に対する責任の認容を示したことで、2ポイントの減点を受けた一方で、全面的な協力と責任の認容に加えて、当局の捜査前に適切な当局に犯罪を報告したことで5ポイントの減点を受けた者はわずか1.5%にとどまり※20、早期に犯罪を当局に報告等することの難しさがうかがえます。 ※20 “The Organizational Sentencing Guidelines: Thirty Years of Innovation and Influence.” United States Sentencing Commission (December 8, 2022), 31. また、米国政府は、2017年に、海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act:FCPA)に関連する自主申告についての優遇的取扱い(不起訴の推定(Presumption of a Declination)等)を定める「FCPA企業取締指針(FCPA Corporate Enforcement Policy)」を導入し※21、その後2023年1月に、同指針の適用範囲をFCPA以外の企業犯罪(米国司法省刑事局によって取り扱われる全ての企業犯罪)に拡大しました(その際、タイトルを「企業取締及び任意自主申告についての指針(Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy)」に刷新しています。)※22。さらに、米国政府は、2023年10月に、「M&Aに伴う任意自主申告のためのセーフ・ハーバー指針(Safe Harbor Policy for Voluntary Self-Disclosures Made in Connection with Mergers and Acquisitions)」※23を発表し、買収時のデュー・ディリジェンスを通じて発見した対象会社の不正行為を自主的に当局に申告することを奨励しています※24。 ※21 元々1年間のパイロット・プログラムとして2016年4月に導入されたものであり、その成果が認められたことから、本採用されるに至っています。 ※22 Criminal Division | Corporate Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy ※23 Office of Public Affairs | New Safe Harbor Policy for Voluntary Self-Disclosures Made in Connection with Mergers and Acquisitions ※24 M&Aに伴う任意自主申告のためのセーフ・ハーバー指針につきましては、 危機管理ニューズレター2023年11月30日号 もご参照ください。 加えて、米国司法省は、本年4月、「個人向け任意自主申告パイロット・プログラム(Voluntary Self-Disclosures Pilot Program for Individuals)」を発表しました※25。同パイロット・プログラムは、個人が自身の関与した企業犯罪(特定のものに限られます。)に関する情報を当局に対して自主的に報告して捜査への積極的協力を行うこと、それによって得た個人的利得の没収・放棄又は被害者への返還に合意することといった要件を充たした場合に、検察官による不起訴合意(Non-Prosecution Agreement:NPA)を得る資格を与えることを定めるものです。同パイロット・プログラムは、従前捜査協力合意の一環として行われてきたNPAの条件を明らかにし、個人の自主申告における予見可能性と確実性を提供するものといえます。 ※25 Office of Public Affairs | Criminal Divisionʼs Voluntary Self-Disclosures Pilot Program for Individuals 本稿の冒頭に紹介した本パイロット・プログラムもまた、上記の諸施策と同様に、自己又は他者の犯罪に関する証拠を有する者に自主的な協力を促すものですが、異なるのは、その動機付けです。上記は主として刑の減免又は不訴追が動機付けとなっていましたが、本パイロット・プログラムでは金銭的な報酬(報奨金)が動機付けとなっています。 これまでにも、内部告発者に報酬を与える類似の制度は設けられており、例えば、米国証券取引委員会(United States Securities and Exchange Commission:SEC)が運用する内部告発者プログラムでは、100万ドルを超える制裁を課すことにつながる質の高い独自の情報を提供した有資格者に対して、SECが徴収した金額の10%から30%を報酬として支給することが認められています※26。 ※26 SEC | Whistleblower Program 本パイロット・プログラムは、こうした従来の内部告発者プログラムを参考にしつつ、米国司法省が管轄する企業犯罪の中で特に重要と判断されるものをターゲットにするものとなっています。以下では、本パイロット・プログラムの概要を説明します。 3 本パイロット・プログラムの概要 個人(告発者)は、以下の要件を充たした場合、没収に成功した資産の一定割合※27を報酬として受け取る資格を取得します。 ※27 種々の考慮要素によって増額又は減額されますが、最大でも500万米ドルを超えることはありません。 (1)告発者が欠格事由に該当しないこと (2)告発対象が特定の対象分野に属する企業犯罪に該当するものであること (3)情報が独自のものであること (4)告発が任意に基づくものであること (5)情報が真実かつ完全なものであること (6)捜査に積極的に協力すること (7)告発が100万ドルを超える制裁を課すことにつながること (1)欠格事由 個人は、以下の欠格事由に該当しない限り、単独又は他の者と共同で、本パイロット・プログラムを利用することができます。 (A)企業又は他の種類の事業体である(すなわち、個人でない)場合 (B)同じ事案を他の内部告発者報酬制度(SECの内部告発者プログラムを含む。)を利用して告発した場合に報酬を得る資格がある場合 (C)米国司法省その他の法執行機関の役人、職員若しくは契約相手、それらの配偶者、親、子若しくは兄弟姉妹、又は、それらの同居者である場合 (D)選出又は任命された外国政府の役人である場合 (E)告発された犯罪活動について、指示、計画、開始、又は、故意に利益を得るなど、実質的に参加している場合 (F)米国司法省又は他の当局に対する内部告発において、故意かつ意図的に、虚偽、架空又は欺罔的な陳述又は表明を行ったり、重大又は重要な情報を隠匿したりするなどの捜査妨害行為を行う場合(そのような捜査妨害行為を過去に行った場合も含む。) (G)上記(C)から(F)に該当する欠格者から情報を得た場合、又は、本パイロット・プログラムにおける何らかの規定を回避する意図をもって他者から情報を得た場合 (H)本パイロット・プログラムの発効日前に米国司法省に情報を提供した場合 (2)対象分野 告発対象は、以下のいずれかの対象分野に属する企業犯罪でなければなりません。 (A)金融機関、その内部者又は代理人による犯罪(マネー・ロンダリング関連の法令違反、送金業登録の懈怠、詐欺防止法違反、金融機関規制当局に対する詐欺又は不服従を含む。) (B)海外での汚職・贈収賄に関する犯罪(FCPA違反、海外恐喝防止法(Foreign Extortion Prevention Act:FEPA)違反※28、マネー・ロンダリング法違反を含む。) ※28 FEPAについては、 危機管理ニューズレター2024年1月31日 号もご参照ください。 (C)企業による米国内の公務員への贈賄やキックバック等 (D)ヘルスケア関連の連邦犯罪(連邦偽請求法(Federal False Claims Act)が対象としていない連邦医療犯罪等) (3)情報の独自性 告発内容を構成する情報は、独自の情報(Original Information)でなければなりません。 この点、本パイロット・プログラムでは、独自の情報とはみなされない例外が多く定められており、例えば、弁護士依頼者秘匿特権(Attorney-Client Privilege)の対象となるコミュニケーションを通じて情報を入手した場合(ただし、弁護士による情報の開示が、その弁護士の所属する州の法曹倫理規則が定める例外に従って許可される場合を除く。)、当該情報が司法又は行政の審問、政府の報告書等でなされた申立てにすべて含まれている場合、役員やコンプライアンス又は内部監査の責任を主な職務とする従業員等が社内のプロセスやその職務を通じて当該情報を知った場合などは、告発内容を構成する独自の情報とは認められません。 (4)告発の任意性 告発は、米国司法省その他の連邦法執行機関又は民事執行機関の捜査に関連して当局から要請等を受ける前に行われなければならず、かつ、情報開示の差し迫った脅威に先行しなければなりません。ただし、個人が、米国司法省からの要請等を受ける前に自発的に情報を雇用主に報告していた場合においては、当該雇用主への報告から120日以内に同省の要請等に応じたときには、その告発は依然として自発的なものとして認められます。 なお、刑事訴追又は民事執行措置に関連する合意に従って個人が情報を開示する既存の義務が存在する場合には、告発の任意性は否定されます。 (5)情報の真実性及び完全性 提供される情報は、真実かつ完全なものでなければなりません。すなわち、犯罪活動における自身の役割を含む、犯罪活動に関連する、自身が知っているすべての情報を提供しなければならず、また、米国司法省が照会した場合にはこれに回答しなければなりません。なお、自身が犯罪活動に関与しているにもかかわらず、その犯罪活動における役割について虚偽を述べたり、隠蔽したり、誤解を招いたりした場合、提供された情報は真実かつ完全なものとはみなされません。 (6)捜査への積極的な協力 個人は、告発の対象となる行為の捜査や刑事又民事上の手続きにおいて、米国司法省に協力しなければなりません。これには、事情聴取、大陪審での証言、裁判、その他の訴訟手続において、真実かつ完全な証言と証拠を提供すること、同省から要請があった場合には、文書、記録、その他の証拠を提出すること、並びに、米国法執行官及び捜査官の指示に従って積極的に行動することが含まれます。 (7)100万ドル超の制裁 告発の結果、米国司法省において100万ドルを超える制裁を課すことに成功する必要があります。「成功」とは、同省が資産の没収の最終命令若しくは民事判決又は没収の行政宣言を取得し、当該資産が資産没収基金(Assets Forfeiture Fund)にデポジットされた場合を意味します。 4 本パイロット・プログラムが日本企業に与える影響 本パイロット・プログラム自体は、個人を対象とするものであり、企業が利用することはできません。本パイロット・プログラムを利用して米国司法省への内部告発を行う従業員が増えると、企業が米国司法省等に対して自主申告を行う機会が奪われることになりかねません。企業としては、個人(従業員)が企業の関与した不正を内部通報窓口を含む企業内部に申告しやすくなる仕組みや環境を整備するとともに、平時からのコンプライアンスリスクの洗い出しや調査(内部監査等)を実施する必要性が更に高まったといえます。 なお、米国司法省は、本パイロット・プログラムの導入に当たり、企業取締及び任意自主申告についての指針を暫定的に改訂しています※29。これによれば、個人(従業員)が、その所属する企業が関与する犯罪行為について内部通報を行った上で、最終的に本パイロット・プログラムに基づき米国司法省に告発した場合であっても、当該企業が当該内部通報を受けてから120日以内に自主申告したときには、同指針のその他の要件を充たす限り、不起訴の推定を受けることができることになりました。これはいわば個人(従業員)と企業による当局への自主申告の競争(利害対立)の緩和を図るものですが、言い換えれば、企業は、内部通報を受けてから ※29 Temporary Amendment to the Criminal Division Corporate Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy 120日以内に事実確認等の調査を行い、米国司法省に自主申告するかどうかを決定する必要があることになります。120日間という期間は、案件の内容や規模にもよりますが、一般的に見てそれほど余裕のあるものではありません。そのため、企業としては、平時から、内部通報を受けた後に迅速に調査等が行える仕組みや、弁護士等との協力体制の構築等を行っておく必要があります。