不正競争防止法(虚偽表示等)の解釈論/米国司法省による企業内部告発者に報奨金を支払うパイロット・プログラムの運用開始
本記事は、 西村あさひ が発行する『N&Aニューズレター(2024/9/30号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。
1 不正競争防止法(虚偽表示等)の解釈論
執筆者:木目田 裕 製品等の品質不正(検査不正や認証不正を含みます。以下同じ)では、不正競争防止法違反(誤認表示又は虚偽表示)に該当するかどうかが問題となりますが、以下で述べるとおり、品質不正があっても同法違反に該当するとは限りません。 1. 誤認表示及び虚偽表示の意義 商品の品質について「誤認させるような表示」をすること等は「不正競争」に当たり(不正競争防止法2条1項20号※1、不正の目的をもって当該不正競争を行うこと(以下「誤認表示」と言います)に対しては、5年以下の)懲役若しくは500万円以下の罰金が科され、又はこれらが併科されます(同法21条3項1号※2)※3。さらに、両罰規定により、法人には3億円以下の罰金が科されます(同法22条1項3号)。 ※1 不正競争防止法2条1項20号は、次のとおり規定しています。 「この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。 二十 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為」 ※2 不正競争防止法21条3項1号は、次のとおり規定しています。 「次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。 一 不正の目的をもって第二条第一項第一号又は第二十号に掲げる不正競争を行ったとき。」 ※3 不正競争については、民事上の差止請求(不正競争防止法3条)及び損害賠償請求(同法4条)の対象にもなります。 他方、商品の品質について「誤認させるような」「虚偽の表示」を行うこと(以下「虚偽表示」と言います)についても、同様に不正競争防止法違反として処罰されます(同法21条3項5号※4)。法定刑は誤認表示と同じです。単なる誤認表示(誤認させるような表示)にとどまらず、「誤認させるような」かつ「虚偽の」表示であり、表示の虚偽性もあることから処罰の必要性が高く、「不正の目的」(同項1号)がなくても、故意があれば処罰されます※5。 ※4 不正競争防止法21条3項5号は、次のとおり規定しています。 「次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。 五 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量又はその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような虚偽の表示をしたとき(第一号に掲げる場合を除く。)。」 ※5 経済産業省知的財産政策室編『逐条解説 不正競争防止法〔令和元年7月1日施行版〕』276頁、平野龍一ほか編『注解特別刑法第4巻 経済編〔第二版〕』(青林書院、1991年)2不正競争防止法15頁〔小野昌延〕。 誤認表示及び虚偽表示に共通する構成要件要素である「誤認させるような表示」は、「需要者又は取引者にその商品の原産地、品質等を誤って認識させ、又は誤解させるような表示」※6、「表示によって喚起された商品役務の質量等に対する需要者の期待を裏切る表示」※7などと定義されています。 ※6 山本庸幸『要説 不正競争防止法〔第4版〕』(発明協会、2006年)207、404頁。 ※7 渋谷達紀『不正競争防止法』(発明推進協会、2014年)216頁。 また、「虚偽表示」における「虚偽の表示」は、「その内容が真実に合致しないこと」※8、「事実に相違する表示」※9などと定義されています。 ※8 山本・前掲(注6)404頁。 ※9 渋谷・前掲(注7)217頁。 誤認表示と虚偽表示の関係について、「『誤認』は、当該表示に接する者に生じる認識・観念が実際・現実と齟齬することを指すのであり、このような『誤認』は多くの場合『虚偽の表示』によって生じる」、「『虚偽の誤認惹起表示』(一号)[筆者注:現行不正競争防止法21条3項5号]と『単なる誤認惹起表示』(三号)[筆者注:現行不正競争防止法21条3項1号]・・・はかなりの範囲において重なり合うことは否定し難いが、この両者がくい違うのは、要するに『虚偽の表示』がなされているとまでは認め難い場合であり、(それ自体としては全く真実であるが)誤解されやすい表現が用いられている場合や曖昧不明確な表現が用いられている場合であろう」※10などと説明されています。 ※10 山口厚「不正競争防止法と刑事罰」ジュリスト1005号(1992年)35頁。 2. 具体的な判断基準 (1)誤認させるような表示 「誤認させるような表示」(不正競争防止法2条1項20号、21条3項1号)の意義と、「誤認させるような虚偽の表示」(同法21条3項5号)のうち「誤認させるような・・・表示」の意義は、上記のとおり同様に解されていますが、その具体的な判断基準について、主な文献は、以下のとおり説明しています。 ○経済産業省知的財産政策室編『逐条解説 不正競争防止法〔令和元年7月1日施行版〕』146頁 ●「『誤認させるような表示』に該当するかどうかは、個別・具体の事案に応じて、当該表示の内容や取引界の実情等、諸般の事情が考慮された上で、取引者・需要者に誤認を生じさせるおそれがあるかどうかという観点から判断される。」 ○山本庸幸『要説 不正競争防止法〔第4版〕』(発明協会、2006年)207頁、211頁 ●「当該表示の使用方法、態様等諸般の事情に照らし、その取引界の実情を踏まえつつ、平均的な需要者又は取引者の注意力をもって具体的に決すべきものである。」 ●「品質や内容を多少でも偽れば直ちに本号[筆者注:現2条20号]の対象と考えるのではなく、たとえ商慣行や商売上の駆け引きなどによって結果的に一部の者に誤認を惹起させてしまうようなものであっても、社会的に許容される範囲内のものがあると考えられるが、そのようなものについては、本号の対象とはならないものと解される。」 ○豊崎光衞ほか『特別法コンメンタール 不正競争防止法』(第一法規出版、1982年)250-252頁〔渋谷達紀〕 ●「表示自体の誤認性を判断するに際して基準とすべきは、取引関係者の通念である。取引関係者の通念上、表示の意味が事実と異なって理解されるおそれがあるときは、その表示は誤認的である。表示の文理上の意味はさして重要ではなく、また、広告者自身の理解や意図も基準にならない。」 ●「宣伝・広告が全然虚偽・誇張を含まず、完全に中立的であるとは誰も考えていないはずであるから、その先入見をもって広告に接すれば、それなりに正しい商品知識が得られるものといわなければならない。また、公益的見地からすれば、多少の誇張を伴った宣伝・広告により消費をプロモートすることは、経済全体の発展にとって好ましくさえある。」 ●「表示の誤認性は、平均的注意力を有する取引関係者の相当部分が誤認に陥るおそれがあるか否かを基準として決するほかはない。取引関係者の平均的注意力は、商品の種類ごとに、その水準が異なる。・・・日用品の消費者は、公告を無批判に読む傾向があるから、注意力は一般に低くならざるをえない。注意力の高低は、取引関係者の属する階層によっても異なる。専門家の注意力は、一般消費者のそれよりも高い。」 ○渋谷達紀『不正競争防止法』(発明推進協会、2014年)218頁-219頁 ●「誤認的表示であるか否かは、需要者の取引通念を基準として判断する。商品役務が異なれば、需要者も異なり、需要者が異なれば、その取引通念も異なる。…需要者には、一般消費者および事業者としての需要者がある。」 ●「取引通念に照らして需要者の期待を裏切ることのない表示は、誤認的表示ではない。」 ○髙部眞規子『実務詳説 不正競争訴訟』(金融財政事情研究会、2020年)326頁、328頁 ●「商品や役務の需要者が当該表示に対してどのような理解をするかを認定し、その理解が品質等についてのものか、誤認させるようなものか、といった判断をすることになる。」 ●「誤認表示とは、商品に誤認を招くような表示をすることにより、その表示を信じた需要者の需要を不当に喚起するような表示であることを要する。」 ○大阪弁護士会友新会編『最新 不正競争関係判例と実務〔第3版〕』(民事法研究会、2016年)69頁 ●「表示の内容が客観的な事実と相違しているとしても、それが取引者または需要者にとって当該商品の選択や購入動機とならない場合には、品質誤認表示に該当しないこともある。」 ○松村信夫=永田貴久「品質等表示における誤認性の判断基準」知財管理65巻5号(2015年)662頁※11 ※11 後掲東京地判平成26年5月16日の評釈論文。 ●「『誤認させる表示に該当するか否か』は、当該表示に係る品質等が商品や役務の属性として重要なものであるか否かという観点だけでなく、需要者が当該表示に係る品質等を商品や役務を選択する際に重視するか否か、表示された品質等が当該商品や役務を提供する事業者にとって顧客獲得のために重要な競争手段として作用しているか否かという種々の観点から総合的な評価が必要となる。」、「この点に関して、諸説はこのことを自明の前提としているように思われる。」 (2)虚偽の表示 「誤認させるような虚偽の表示」(不正競争防止法21条3項5号)のうち、「虚偽の表示」の具体的な判断基準について、主な文献は、以下のとおり説明しています。 ○平野龍一ほか編『注解特別刑法第4巻 経済編〔第二版〕』(青林書院、1991年)2不正競争防止法16頁〔小野昌延〕 ●「一般に虚偽は誤認を生ぜしめ、また逆に誤認は通常虚偽によって惹起されることが多い。しかし、厳密にいえば虚偽は必ず誤認を惹起するものとは限らない。また、誤認を生ぜしめる手段はすべて虚偽であるとは限らない。例えば、誇大表示、暗示などによっても充分誤認は惹起される。問題は虚偽と誇大の限界である。明白なる虚偽の場合には、この問題はない。ところが、虚偽という概念も一義的なものではなく相対的な概念であって、コミュニケーションの場、その受け手、送り手、メディアその他、表示全体から総合的に社会通念によって判断しなければ、虚偽であるか否か判断できない場合も多い。そして、その基準は社会の表示に対する感覚の変化とともに変動するのである。個々の表示が科学的・論理的に事実に合致しなくても、全体的に虚偽でないことがある(例えば、広告は本来誇張性を有する。しかし、社会全体としては広告は科学的なもの・正確なもの・説明的なものを指向すべきものとされている。いわゆる品質表示広告・・・の方向を指向すべきであるというのがそれである)。逆に、形式的に考えると、表面的には虚偽といえない表示のなかに、表示の前後やその用い方など全体的として判断すれば虚偽表示であると認定しうる場合もある。」 ○小野昌延編『新・注解 不正競争防止法〔第3版〕(下巻)』(青林書院、2012年)1366頁〔佐久間修〕 ●「例えば、誇大表示や暗示的方法によっても誤認することがあるため、こうした虚偽表示と誇大表示などの境界線が問題となる。その際、明らかに虚偽といえる場合は別として、虚偽の概念それ自体が相対的な要素を含んでいる以上、当事者間の会話や交渉過程に加えて、周囲の状況や送り手が用いた情報媒体の種類などから、総合的に判断するほかはない。しかも、虚偽であるか否かの基準は、現実社会における一般国民の意識や取引の慣習によっても変化しうる。例えば、科学的には当該表示が真実と合致しない場合にも、全体をみれば虚偽表示にあたらない例があり、およそ広告という手段それ自体が、本来的に事実を誇張する側面を有している。他方、同じく広告であっても、品質表示などでは、可能な限り正確な情報を提供するべきであり、特に受け手の誤解を招きやすい場合には、あえてマイナス情報の開示が求められることもある(具体的には、喫煙などによる健康危害の表示など)。」 ○豊崎光衞ほか『特別法コンメンタール 不正競争防止法』(第一法規出版、1982年)353頁〔松尾和子〕 ●「虚偽であるか否かは、不正競争防止法の趣旨にもとづき、社会通念に従い判断することになる。たとえば、広告にはしばしば誇張を伴うが、社会通念上許される限度を超えれば、誤認を生じさせるだけではなく虚偽となる場合もありうる。逆に、一般に許容される程度の誇張であれば、真実に反しても、誤認は生じない。これに対し、真実に合致していても、表示の仕方が適切を欠き、あるいは、説明を欠く等のため誤認を惹起することもある。いずれの場合であっても、表示を全体として判断することになる。」 (3)主な関連裁判例 主な関連裁判例には、以下のものがあります。 ○大阪高判平成19年10月2日判タ1258号310頁(ピーターラビット事件) ●ピーターラビットの絵柄を使用したタオルに、著作権が消滅しているものの未だ原画の著作権が存続しているかのような表示(Ⓒ表示)を使用する場合における「誤認させるような表示」の該当性が争われた事案。 ●「『商品』の『品質』・『内容』を『誤認させる』表示をしたか否かは、当該具体的商品の具体的内容を前提に具体的に品質、内容を検討した上で決せられる事柄であり、そのような具体的検討もなく、被告表示が一般的、抽象的に『商品』の『品質』・『内容』を誤認させるとすることはできない。」 ●「例えばタオルという商品であれば、消費者等の需要者は、タオルの素材となる繊維の種類、配合割合、肌触り、仕上がり具合等を当該商品の典型的選択基準とすると考えられるところ、タオルの種類、性格等によっては当該タオルの絵柄そのものが選択基準となる場合もあり、当該タオルの種類、性格の如何により、当該絵柄が著作権の保護を受ける著作物であるか否かが選択基準となることも生じ、要は具体的個々の商品につき個々に結論が異なる可能性がある」 ○東京地判平成26年5月16日(LLI/DB判例番号L06930199) ●「不競法2条1項13号[注:現行不正競争防止法2条1項20号]は、事業者が商品等の品質、内容等につき誤認を与えるような表示を行うことで、需要者の需要が不当に喚起され、公正な競争秩序が阻害されることとなることを防止するため、商品等にその品質、内容等について誤認させるような表示をする行為等を不正競争と定め、禁ずるものである。 同号の上記趣旨に照らせば、ある表示が同号所定の『その商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量…について誤認させるような表示』(品質等誤認表示)に該当するか否かについては、当該事案における表示の内容や取引の実情等の諸般の事情を考慮した上で、当該商品の取引者、需要者に商品の品質、内容等につき誤認を生じさせるおそれがあるか否かという観点で判断するのが相当である。」 ○知財高判平成22年3月29日についての判タ1335号255頁の囲み解説 ●塗料メーカーが、取引先におけるコーティング加工後に仕様書記載の要求特性を満たすように混合・調整した塗料について、調整前の塗料の名称を付したまま、取引先に販売していた場合における「誤認させるような表示」の該当性が争われた事案。 ●「不正競争防止法2条1項13号[筆者注:現行不正競争防止法2条1項20号]の品質等を誤認させる表示に該当するかどうかを検討するに当たっては、商品等が想定する需要者における品質等の誤認のおそれを問題とすることになる。多くの事例では、一般的な需要者が想定され、具体的な表示との関係で誤認のおそれの有無が検討されるが、本件で問題となったのは、特殊な技術を要するコーティング加工に用いる塗料である。 原告会社は特定の取引先との間の長期間にわたる継続的な取引を行ってきており、そこでは加工の前に塗料について事前の調整を行うことが当然の前提となっていたところ、原告会社から独立した者が経営する被告会社が同種の取引を行っているという状況を踏まえると、被告会社に対して取引先が求める内容について、取引先に誤解を生ぜしめる可能性は極めて低いということができる。さらに、取引先においても最終的に取引を継続するためには、加工後の部品が所望の特性を満たすかどうかが重要なポイントとなるのであり、不十分であれば、ノウハウに属する調整技術の改善を求めるのが通常であると考えられる。 被告会社が調整後の塗料に取引先の仕様書に記載された塗料の名称を表示したのは、仕様書の形式的な事項に適合するようにしたものと考えられるが、この点を厳密にとらえれば、表示と商品である塗料が完全に合致するものではないという意味で表示の齟齬が存在する。 しかしながら、本判決は、上記のような事情を考慮して、需要者である限られた取引先に誤認のおそれはないと判断したものである。」 (4)小括 「誤認させるような表示」(誤認表示)や「誤認させるような虚偽の表示」(虚偽表示)の意義については、以上の文献等に見られるとおり、表示と実態に齟齬があるからといって、あるいは科学的・論理的には事実に合致しないからといって、それだけで直ちに「誤認させるような表示」や「誤認させるような虚偽の表示」に該当するとされているわけではありません※12。 ※12 虚偽表示における「誤認させるような」と「虚偽」の各文言について、煩瑣や重複を避けるため、本稿では両者を厳密に区分けしないで一括して論じる場合があります。 主な文献や裁判例は、これらの概念について、相対的・総合的なものであり、受け手・送り手、当事者間の会話・交渉過程、周囲の状況、情報媒体その他を含め、社会通念によって判断されると解しているものと思われます。表現振りは様々ですが、総じていえば、(1)商品の属性として重要なものであるか、(2)需要者が選択する際に重視するか、(3)事業者にとって顧客獲得のために重要な競争手段か等といった観点から、社会通念に照らして総合判断することになると考えられます。 上記文献や裁判例から更に具体化すれば、次のとおりです。 ●商慣行や商売上の駆け引き、多少の誇張等は許容されており、問題の表示によって、結果的に一部の者に誤認が生じたからといって、社会通念上許容される範囲内であれば、「誤認させるような表示」や「誤認させるような虚偽の表示」に当たらない。 ●問題の表示が、需要者の需要を不当に喚起したり、需要者にとって表示が選択基準や購入動機となるものでない場合には、「誤認させるような表示」や「誤認させるような虚偽の表示」に当たらない。 ●問題の商品の需要者が一般消費者か、専門知識を有する事業者かによって、「誤認」の判断基準は異なる。表示の文理上の意味はさして重要ではなく、仕様書の記載と異なっていても、需要者との共通理解や需要者における受入検査等を前提とすれば誤認のおそれはないといえる場合には、「誤認させるような表示」や「誤認させるような虚偽の表示」に当たらない。 3. 規格や認証との不整合 品質不正事案では、しばしば、規格や認証に登録したものとは異なる部品が使用されたり、登録されたものとは異なる製造方法で生産されたケースなどが問題になります。このような規格・認証との不整合があったとしても、必ずしも誤認表示や虚偽表示には該当しません※13。その理由は次のとおりです。 ※13 別途、規格・認証の付与機関や審査機関等との間で民事上の責任が発生したり、産業標準化法(JIS法)などの法令上の規格については、当該根拠法令違反が問題になることはあります。 まず、たとえ不正に取得された規格・認証であろうと、製品の販売等の当時、当該規格・認証を取得していたことそれ自体は事実ですから、当該規格・認証を取得している旨の販売等の当時の表示は、製品に当該規格・認証という外形に沿う実態が存していない等といった特別な事情がない限り、客観的な事実としては「虚偽」とはいえないと考えられます。この点で虚偽表示に該当しません。 次に「誤認させるような」表示の点ですが、製品の性能それ自体が、規格・認証において要求されている性能をほぼ充足しているものであった場合や、規格・認証と異なる部品使用や異なる製造方法等に起因した不具合が発生していない場合などは、規格・認証を取得している旨の表示を顧客が目にすることで、顧客が認識・期待する品質等を備えていなかったとはいえないと思われます。つまり、当該規格・認証を得ている旨の表示は、かかる表示が顧客が認識・期待する品質等について「誤認させるような」表示であったとは認められないということです。 特に、B to Bの製品ですと、通常、顧客(需要者)は、専門知識のある事業者であって、自ら検査を行って当該製品の品質等を確認した上で調達・使用していたわけですから、規格・認証ありとの表示から認識・期待する品質等につき、顧客において、誤認が生じていたとも、そのおそれがあったとも認められないことが多いであろうと思われます。 以上から、使用部品や製造方法等の点で規格・認証との不整合があったとしても、誤認表示や虚偽表示に該当するとは限りません。 なお、最決昭和53年3月22日刑集32巻2号316頁との関係については、次のとおりです。 同決定は、「級別の審査・認定を受けなかつたため酒税法上清酒二級とされた商品であるびん詰の清酒に清酒特級の表示証を貼付する行為は、たとえその清酒の品質が実質的に清酒特級に劣らない優良のものであっても、不正競争防止法五条一号[筆者注:現行不正競争防止法21条3項5号]違反の罪を構成すると解すべき」と判示しています。 同決定は、客観的に清酒特級の審査・認定を受けていなかった事案であり、客観的事実として規格や認証を取得していたケースとは事実関係を異にします※14。 ※14 大阪地判平成24年9月13日判時2182号129頁も、電気用品安全法所定の検査を受けた電気用品にのみ付すことを許されているPSE表示を、同検査を受けてすらいない電子ブレーカに付したことが「誤認させるような表示」に該当すると判示していますが、同判決も、客観的事実として規格や認証を取得していなかった事案についてのものです。 同決定では、被告人が清酒特級の審査・認定を受けていなかったのに清酒特級の表示を行ったことが「誤認させるような虚偽の表示」とされたものです。清酒特級の表示の審査・認定を受けたという事実それ自体がなかった以上、品質が優良であろうが何であろうが、それに関わりなく、清酒特級の表示をすることは、それ自体で直ちに虚偽ないし偽り(マイルドにいえば「誤認させるようなもの」)であったわけです。 だから、同決定では、品質が優良である旨の被告人の主張が認められたとしても不正競争防止法違反の成立に影響を与えないとされたのであって、同決定は規格・認証の不整合の事案には当てはまりません。 また、実質的な観点から考えても、次のとおりです。 同決定では、需要者が一般消費者であって、顧客において商品の検査等を行うことも想定されていなかったこと、酒類級別制度は、実際の品質の優劣はともかくとして、一般消費者にとって、清酒の品質の優劣を測る尺度として機能していたこと、権威ある団体による品質の審査・保証を受けたことがないのに、これがあるように装ったものであり、手段の不公正さにおいて、品質そのものを偽る場合と遜色がないことも※15、「誤認させるような虚偽の表示」と認定され得る事情でした。 ※15 反町宏「判解」最判解刑事篇昭和53年度111頁参照。 これに対し、規格・認証の不整合のケースでは、具体的な事実関係次第ですが、例えば、専門知識のある事業者が顧客であって、調達・使用時に検査等も行っており、実際に顧客に販売された製品の品質等も規格・認証を取得している旨の表示から認識・期待されるものとあまり相違しないものであった上、実際にそうした規格・認証も取得をした事実自体はあるとなれば、同決定の事案と比較しても、品質等について誤認やそのおそれは認められないと考えてよいと思われます。 4. 検査や試験の不実施・結果改ざん 規格・認証や顧客仕様で要求されている検査や試験について、その一部を実施していないにもかかわらず、実施したかのように装った検査や、試験の成績書を捏造するなどの品質不正もよくあります。これも、契約違反として民事責任等が問題になり得ることは別論として、必ずしも誤認表示や虚偽表示に該当しません。 検査や試験は、通常、性能等を確保するための手段です。具体的な事実関係次第ですが、取引の実態として、顧客が重視していたのは製品の性能そのものであり、製造過程においてどのような試験を実施しているかは顧客はあまり重視していなかったという事案もあり得ます。 特に、顧客が専門知識を有する事業者であり、調達時に自ら必要な検査等を行い、事後的に不具合が判明すれば納入業者等において補修等で対応することとされていた場合などは、一層、顧客にとって、検査や試験の成績書上の表示それ自体はあまり重要でなかったと認められる場合が多くなると思われます。 このように、取引の実態として、顧客が重視していたのは製品の性能そのものであり、試験や検査は性能を確認する手段として二次的なものに過ぎなかったという場合において、いずれの製品でも、規格・認証や顧客仕様が要求する性能をほぼ充足していたのであれば、検査成績書の記載が虚偽であっても、顧客に対して表示した製品の品質についてまで「虚偽の」表示をしたとはいえないというケースが少なくないと思われます。あるいは、検査成績書の記載も表示に含まれ得る以上は、「虚偽の」表示性があったと解するにせよ、これらの事情に照らせば、顧客をして品質等について「誤認させるような」表示をしたとまでは認められないことが多いと考えられます。 5. 結語 不正競争防止法の虚偽表示等の解釈論については以上のとおりですが、品質不正があっても虚偽表示等に該当しないとする理由の中で、最大の理由は、往々にして、「性能に実質的に問題ない」に帰着してしまいがちです。それと裏腹の関係として、だからこそ、大手製造業等の品質不正では、しばしば、「性能に実質的に問題ない」という正当化が生じて、それが品質不正の発生や長期間継続の要因になります。別稿でも何度か論じている点ですが、不正競争防止法の法解釈は法解釈として、それとは別に、企業としては、役職員による「性能に実質的に問題ない」との正当化に焦点を当てて対策を講じていかなければ、品質不正の防止や早期発見は困難です。