なぜ売れる「チェキ」──富士フイルムが獲得した魔法のエコシステム【道越一郎のカットエッジ】
富士フイルムの「チェキ」が熱い。チェキフィルムに印刷できるコンパクトデジカメ「instax mini Evo」は売れに売れている。BCNのコンパクトデジカメ集計では、過去1年で最も売れたデジカメだ。富士フイルム自身の製品も含め、オーソドックスなコンパクトカメラが市場からどんどん消えていく中、異彩を放っている。チェキフィルム専用のアナログカメラ「instax mini 99」も、フィルムにLEDの光を直接当てて写真に変化をつけるという、とんでもない機能を搭載してリリース。勢いがある。 その富士フイルムが今度は、チェキフィルム専用のプリンター「instax mini Link 3」をリリース。9月5日に発売した。スマートフォン(スマホ)の専用アプリから印刷するプリンター、Linkシリーズの三代目だ。チェキのフィルムに「有機ELによる3色露光方式」で光を当てて印刷するというユニークな構造。要は、スマホで撮った写真がチェキで撮ったような雰囲気で印刷できるプリンター、というわけだ。正確にはプリンターというより、チェキフィルムへの露光装置といった方がいいかもしれない。仕様を見ると、驚くほど低スペックだ。画面サイズがチェキサイズの62mm×46mm、というところはいいとして、露光画素数はわずか800×600ドット。露光階調はRGB各色256階調に過ぎない。チェキの写真は、なんとなくぼんやりした、アナログ風味の写真が特徴だが、この仕様から見てもうなづける。 4Kだ8Kだと超高画質な画像が溢れている昨今、チェキシリーズの写真は全く「異質な写真」と言っていいだろう。スマホの画面で見ると解像度が高くリアルな画像であっても、チェキフィルムに出力すると、低解像度ながら独特の味をもったアートのような雰囲気の写真が出てくる。全くもって現代のカメラに対するアンチテーゼのような存在だ。1994年にカシオが発売した「QV-10」は一般向けデジカメのはしりとして有名だ。画素数はわずか25万画素。以降しばらく、デジカメは、いかに画素数を増やしてフィルムカメラの画質に近付けるか、の競争だった。それが今や、フィルムの画質はとうに追い越し、1000万画素どころか、1億画素のセンサーがスマホに搭載されるような時代。そこに異を唱え、デジカメ草創期をも思い出させる存在がチェキなのだ。 チェキフィルム専用のプリンターinstax mini Link 3は、プリンターとしてはシンプルな製品。一方で特筆すべきは、スマホ用のアプリ「instax mini Link」だ。最新バージョンでは「instax AiR Studio」と名付けたARスタジオ機能が面白い。スマホで写真を撮る際に、バルーンを配置したりコラージュしたりと、バーチャルなスタジオでデコレーション撮影を楽しむことができる。製品発表会では、横浜流星さんと、広瀬すずさんで撮影デモを披露。誰でも簡単に遊べる機能をアピールした。専用アプリは誰でも無料でダウンロードして使える。もちろんプリンターを買わなければプリントはできない。しかし、出来上がった画像をスクリーンショットで撮るなどすれば、無料で遊ぶこともできる。プリンターを買わなくてもアプリ単体で遊べるようにしたのは、富士フイルムの自信の表れだろう。「スマホだけで遊ぶより、チェキフィルムにプリントして楽しむ方がはるかに面白いぞ」という挑戦状でもある。 チェキフィルムは決して安くない。通常サイズの1パック10枚入りの富士フイルムモール価格が税込み814円。なんと1枚81円もする高級品だ。それが、品薄になるほど引っ張りだこだという。品薄解消のために、神奈川県にある工場の生産設備を45億円を投じて増強するほど。この秋から順次稼働させ、来年には生産力が2割増えるという。このチェキブームは、現在、売れに売れているinstax mini Evoの影響も大きい。カメラが売れ専用フィルムが売れる。富士フイルムはチェキという魔法のエコシステムを獲得したかのようだ。こぞってチェキのカメラやフィルムを買い求めるユーザー達は、チェキに、あるいは写真に、一体何を求めているのだろうか。あらゆるものがデジタル化し画面の中で完結する今。その場ですぐに手に入る紙の写真という存在は、シニア世代にとっては懐かしさの対象、若年世代にとっては初めての珍しい体験。そんな構図が、チェキ好調の一つの要素といえるだろう。(BCN・道越一郎)